エナジードリンクと夜の散歩

目が覚めた。

 時計を見ると五時を回っていた。

 僕が天使の世界で彼らともっと長話しをしていたら僕は起きれていたのだろうか。ふとそう思った。

例えば、天使の世界にいるとき、現実で母が僕の体をゆすると無理やりでも現実に連れ戻されるのだろうか。そのとき、天使の世界にある僕の体はどうなるのだろうか。突拍子もなく倒れるのか。

 逆に僕が現実にいるとき、天使の世界から体を揺すぶられたら、僕の体は現実でどうなってしまうのか。突拍子もなく倒れるのだとしたら、そのとき僕が自転車に乗っていたら、そこがたまたま横断歩道だったら。考えるだけでゾッとする。

 とはいえ、天使たちと打ち解けたことが嬉しかった。ゼロから仲良くなるのは難しいと思っていた。高校のクラスメイトも会話はするが距離はなかなか縮まらない。だからこそ嬉しかった。

 ただ、相変わらず疲れが取れているようで取れていない。普通に眠りたい。眠気は覚めているから肉体的には眠れている。ただ、眠ったら世界が切り替わるというストレスは尋常じゃない。今日も学校だと思うとイライラする。

 天使の町まで聞こえるくらいの声量でため息をついた。

二時間目は古典だ。

英語に引き続き何を言っているか分からない。分かりやすく説明をしてくれているのだろう。だが、何故か聞く気にならない。

だから僕は、眠気を抑えるために一時間目と二時間目の合間の十分で玄関にあるエナジードリンクを買い、飲み干す。

小走りで教室を出た。階段を降りると三年生とすれ違う。移動教室で教室に戻るのだろう。 

玄関の自動販売機に到着した。

あ、財布忘れた。

小走りで教室に戻る。焦りが生じた。自動販売機に買いに行くのに財布忘れるバカはいないだろ、自分を罵りながら教室へ向う。のんびり歩いている三年生とすれ違った。

到着した。リュックから財布を取り出した。全身に汗を掻いていた。額の汗を手で拭い小走りで向かった。小走りからペースが上がり、普通に走っていた。さっきすれ違った三年生ともう一回すれ違った。恥ずかしかった。

玄関の自動販売機に到着した。息を切らしながら、財布から二百円取り出し、入れ、エナジードリンクを買った。

水滴の付いたエナジードリンクを目の前にし、少しビビった。思った以上にデカい。果たして僕は飲み切れるのだろうか。いや、もう後には引けない。

缶のフタを力強く開けるとプシュ、と音を鳴らした。

 エナジードリンクを口に入れると中が炭酸でビリビリ刺激した。しばらく胃に入れたが限界に達し、口から離した。エナジードリンクの重さで量はだいたい把握できる。まだ全然残っている。

 ゲップが出そうだ。だが、のどを通過しそうで通過しない。二十顎で口を大きく開きゲップを込み上げさせようとしたが、出ないのでエナジードリンクを続けることにした。

 口に入れると炭酸が中をビリビリ刺激する。二回目は腹が重いということもあり、一回目より早く口から離した。

 ノールックでゲップが出た。久々にデカいゲップをした。エナジードリンクの後味が口内に広がっていた。

 腹が重いし、エナジードリンクもまだ残っているだろう。だが、飲むしかない。

 口に入れると、炭酸が中をビリビリ刺激した。腹が重く口から離そうとした時、エナジードリンクが軽くなった。いける。腹をさすりながら無理やり流し込む。だが、限界があり口から離した。

腹は重いがエナジードリンクは残りわずかである事実に心の余裕が出来た。

腹をさすって、もうひと踏ん張りだ、いける、いけるぞ、と自分に言い聞かせた。

フッと息を吐き、エナジードリンクを流し込んだ。

そして缶からは水滴程度しか出なくなった。

気持ちよく口から離し、缶のごみ箱に勢い良く投げた。

腹は重いが達成感に浸った。よくやった、と自分を褒めた。

教室に戻り授業には間に合ったが、授業中、沈黙の中、デカいゲップを教室に響き渡らせた。

 

               ○

 

目が覚めた。

やってしまった。眠ってしまった。

そこはヌイさんの家の寝室だ。いつ眠ったのだと記憶を遡る。五時間目だ。

まだ眠気は残っている。もう一度現実に戻ろうと目を瞑る。

実際に現実に戻ったとき、体を揺すぶられ起きてしまったらどうなるのだろうか、今日、目覚めたときに考えたことだ。

試すなら今だ。

扉を開け居間に向かうと、ヌイさんがいた。

「ヌイさん」

 声をかけると、おぉ、と驚いていた。

「起きたんですか、早いですね」

「いや、試したいことがるんです」

 

 寝室に行き、ひとしきりヌイさんに説明した。

「なるほど、つまり私は何をすればいいのですか?」

「えっと、つまり、僕が眠ったと思ったら体を揺すって起こしてほしいんです、それで起きたら、色々と大変だということ」

「現実で突拍子もなく倒れるので色々と迷惑がかかると」

「そうです、逆に体を揺すって起きなかったら、これから先、簡単に居眠りが出来ないし、色々と予定を組まないといけないということです」

「なるほど」

 僕はベッドに入った。

焦りを深呼吸で落ち着かせ、心を無にする。

「じゃあ、おやすみなさい」

 僕が言うと「おやすみなさい」と優しく返してくれた。

 沈黙が続いた。

「寝ました?」

「寝てません」

 沈黙が続く。

「寝ました?」

「寝てません」

 沈黙が続いた。

 

目が覚めた。

公共の授業をしていた。

よっしゃ、と思った。

どうやら僕は案外眠ろうと思えば眠れるのだ。さぁ、どうだ、何かあるだろうか。恐らく天使の世界で僕の体をヌイさんが揺すっているだろう。

だが、それから何も変化は無かった。どうやらそっちの世界から揺すぶられても影響はないようだ。

安堵のため息が漏れた。

 

 学校が終わり家に着いた。

 私服に着替え、スマホを見ると、正人からラインがきている。『今日夜七時、散歩ね』ときていた。

 トークルームを開いた。

裕貴「だれだれくんの?」

正人「晴斗と柊真」

裕貴「どこ集合?」

正人「マクバ」

裕貴「おけ」

 トークルームを閉じた。

 

 夜ご飯を早く済ませ、マックスバリュウに向かうと正人と晴斗と柊真がいた。

「裕貴久しぶり、太った?」柊真が笑いながら言った「太ってねーわ」と笑いながら返した。

 中学の頃の友達に久しぶりに会うことにテンションが上がっていた。

 夜の町をブラブラ散歩するのは皆好きだ。受験勉強で忙しいというのに、ポケモンGOを理由に皆で散歩したのを覚えている。

 四人で夜の町を歩いた。

「そっちの高校もう文化祭終わったんでしょ?」

 正人が柊真に訊く。

「終わったよ、なんか全然やった実感ない」

 柊真と晴斗の高校は文化祭を一学期にやることに驚いた。

「なんでだろうね」

 僕が言った。

「進学が第一だからじゃない?」

 晴斗が言う。

「晴斗と柊真は進学すんの?」

 正人が訊く。

「するつもりではいる」

 晴斗が言うと柊真が「俺も」と続いた。

「そうえいば!」

 晴斗が声を上げた。何か思い出したのだろう。

「なに?」

 僕が訊く。

「唯人死んだね!」

 晴斗は目をパッチリと開けて言った。

「ね!」

 柊真も続いた。

 唯人が死んだ驚きで四人は笑った。

「正直どう思った?」

 正人がにやけながら訊く。

「めちゃめちゃ嬉しいに決まってんだろ!」

 僕が声を荒げて言うと、三人は爆笑した。

「裕貴、それは言っちゃ駄目」

笑いながら晴斗が言う。

「絶対お前のせいだよね」

 柊真が笑いながら正人を指さした。

「いや俺じゃない」笑いながら正人が手を振った。

「それにしても人の死で笑ってる俺らやばいよな」

 柊真がにやけながら皆に聞こえるように呟いた。

「でも、ぶっちゃけあいつも悪いからな」

 顔をしかめて僕が言う。

「いやそれな」正人が言った。

「でも、どっち道あいつ死ぬなら俺が殺したかったわ」

 晴斗が言う。

「お前それは言っちゃ駄目って言ってただろうが」

 僕が笑いながら晴斗に言いうと大きい笑いが起きた。

「裕貴、慎之介ウザい?」

 にやけながら柊真が訊いてきた。

「めっちゃウザい」

 三人は笑った。

「あいつ朝から肩組んでくるし、馴れ馴れしいんだっつーの、『夏休み一緒に映画見に行こうぜ』って言ってたけど見るわけねーだろ、一発ギャグはしょーもねーし、あいつは一発ギャグをした後の『うわーースベッたーー』ってのをやりたいだけなのよ、マジで」

 学校のストレスを吐き出した。

「慎之介ってやつ、中学ではイジメられてたらしいよ」

 正人が言った。

「誰から聞いたの?」

 僕が訊く。

「俺と同じクラスの慎之介をイジメてた人から聞いた」

 僕は笑ってしまった。あんなに学校では意気揚々としている奴がイジメられていたと考えると笑けてきた。

 

 夜の十時頃に僕らは解散となった。

 家に帰る途中、月明かりがやけに明るかった。月を見ると満月のようにきれいな円形を作っていた。これでも完全な満月ではないらしい。

 唯人の自殺。それは僕らにとっては嬉しいことだ。嬉しいはずなのだ。イジメられる理由は基本的に本人に何かしらの原因があり、唯人は原因なんてない、全部はイジメる方が悪い、みたいな顔をしていたことに苛立ちを覚えていた。今でも思い出すだけでも苛立ちを覚える。だが、少しばかりの同情が生まれていた。やり過ぎていたし、言い過ぎていた。唯人に自殺までさせておいて、罪悪感が無いはずがないのに、それを見せてはいけない、というくだらないプライドがあった。

 家に着いた。風呂に入って、歯磨きをした。

 ベッドに入ると陰鬱とした。また天使の世界に行くのかと。人を死なせた罪悪感を抱えて、天使殺しに殺されるかもしれない、死と隣り合わせの場所に行くのは、ストレスが尋常じゃない。

 

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