天使たち
目が覚めた。
ヌイさんが思いを吐露した場所だ。
そうだ、と思い出し、指先を見るとかさぶたが剥がれていた。
やはり連動しているようだ。
予想が当たったことに少し興奮した。
だが、これからどうすれば良いのだろうか。僕は天使の町からは早く出て、普通に眠りたい。
体の疲れは取れてはいるが、取れていないような、そんな気持ち悪い状態だ。
今着ているのは、寝間着だ。そのとき着ている服も連動するみたいだ。
ベッドから下り、部屋を出ると、廊下に出た。嗅ぎ慣れない木造建築の匂いに目眩がした。廊下の左右にドアが、右に三つ、左に二つあった。廊下を出ると居間に出た。そこにはヌ
イさん以外の羽が生えた天使がいた。
ヌイさんともう一人の女性がソファに座り、一人の男性が床に座り、もう一人の男性が立っていた。
「あ、起きたんですね、ユウキさん」
ソファに座っていたヌイさんが立ち上がり、「座ってください」と自分が座っていたソファを開けた。
「あ、え、あ、じゃあ失礼します」
そろりとソファに向かい、「すいません」と言って座った。
「礼儀正しい男なんだね」
僕を見て言ったのは隣で足組みをしている女性だ。赤い色の髪が背中辺りまで伸ばしており、そこからチラリと羽が見えた。綺麗な顔立ちをしていた。緊張して顔を背けながら「ありがとうございます」と言った。
「君ってどこから来たの?」
そう訊いてきたのは座っていた男性だ。坊主頭で小柄だ。だが、羽はこの中で一番大きい。
「どこと言われましても、別の場所からと言いますか、秋田県と言いますか」
「へぇ」坊主の人がそう言った。
「君は何しに来たんだい?」
そう訊いてきたのは立っていた男性だ。身長が高く、青い髪を結んでいた。この中では一番身長が高いだろう。顔も男前で羽も坊主の羽の人の次に大きい。
「いや、なんていうか、目的があってこの場所に来たわけではないんです」
「変なひとだね」
トゲがある言い方で赤い髪を女性に言われた。
いやぁ、ちょっと、ごめんなさい、と曖昧な返事しかできない。
天使たちは顔を見合わせた。
確実に怪しがられている。当たり前だろう。どこから来たかも、何しに来たかも分からないおまけに羽が生えてない僕を疑うに決まっている。僕が天使側であったら真っ先に疑う。
だが、実際に僕ではない。僕は眠っていただけだ。眠ったら何故か天使の町に来て、殺されかけて、天使殺しの容疑をかけられている。
本当は別世界にいて眠ったら何故か天使の世界に来るなんて、誰も信じてくれないだろう。
何故だ。何故僕だけこんな場所に。
「記憶が無いってことですか?」
ヌイさんが訊いた。
「記憶はあります」
僕が言った。
「これまでの記憶はあるけど 、ここに来た記憶は無いってことかい?」
髪を結んだ男が訊いた。
「まぁ、そういうとこです」
僕はこのイカツイ男に少し恐怖を覚え、目線を外した。
「これまでの記憶って聞いてもいいかい?」
髪を結んだ男が訊いた。
果たして本当のことを言うべきなのだろうか。言ったら余計怪しまれてしまう。僕は確かに天使殺しには恐怖を覚えている。今でも思い出すと身の毛もよだつ。ただ、それと同時に彼らが天使殺しに向けている憎悪や怒りが僕に向いてしまうことも同様に恐怖を覚える。
だが、変に隠し事をするのも怪しまれる。仮に僕のことを全て打ち明けたとして、最初は怪訝な顔をされるだろうが、そこから僕の行動と態度で巻き返せばいい。
それにこの天使の町の住人は皆優しいのだ。打ち明けてもいいのかもしれない。
「分かりました、全て話します」
たった四人だが大人数に僕一人の話を聞いてもらうのは苦手ではあるが、唾を飲み、気合を入れた。
「僕の名前は森山裕貴と言います。
僕は元々この世界の住人ではなく、地球という星がありまして、そこの住人は羽が生えていないのが当たり前で、この町よりももっと発展していて、例えば俺が今着ている服なんかは凄いです。とても。スマホっていうのが僕が住んでいる星にありまして、今それがないから少し不便です。話がずれましたけど、えー、結果から言うと、僕が地球という星で眠りにつくと、何故かここの世界に来てしまったんです、それでこの世界で眠りにつくと、地球に戻されて、それで初めてここの世界に来たのが大惨事の日だったんです」
言い忘れていたこともあるだろうが、僕の言えることは言ったつもりだ。
「あのいい?」そう言って手を上げたのは坊主の天使だ。
「はい」
「チキュウってなに?」
「あ、そういう星があるんです」
「そうなの?ここはどこなの?」
「星じゃないんですかね?」
「え、ここも星なの?」
「はい恐らく」
へぇ、と坊主の天使は感心していた。
「質問いいかな?」そう言って手を上げたのは髪を結んでいる男性だ。
「はい」
「眠ることで世界を行き来できるってことでしょ?」
「はい」
「じゃあそっちのチキュウってところは具体的にどう発展しているんだい?」
「そうですね、デッカいビルが建っていたり」
「ビルって?」
「あの何ていうかな、デッカい建物です、デカい大木くらいの」
「他には?」
「車とか、ウマより早いスピードで町を駆け抜けるんです」
「それってどうやって作られてんの?」
「いや、なんかエンジンをふかしてみたいな」
「エンジンって?」
「エンジンは……」
「あの大惨事のとき、何で自分だけ生き残ったか、心当たりは?」
僕の言葉を遮ってそう訊いてきたのは赤い髪の女性だ。
明らかに僕を疑っている。言わない方が良かった。
「何ででしょう」
顔を背けるしかなかった。
「ね、本当に何ででしょうね?天使殺しを見た者はこの町には一人もいないんだ、それは天使殺しの顔を見た者を片っ端から殺しているからだよ、でも唯一君だけが生き残ったんだ、変だよね?」
僕を追い詰めて、いざとなったらいつでも殺せる、それが例え天使殺しであっても、と言わんばかりの目線に押しつぶされそうになる。
「私も質問いいですか?」そう言って手を上げたのはヌイさんだ。
「あ、はい」
自信の失せた声で僕が言った。
「チキュウと、この天使の町で行き来できるんですよね?」
僕の自身の失せた声に笑いながらも訊いた。
「はい」
「なんでそうなったか心当たりはありませんか?」
笑みを浮かべながらも僕を追い詰めている。
ここだと息がつまる。早く天使の町から抜け出したい何が天使の町だよ。全員僕を殺人鬼扱いしやがって。
虚しさと悔しさから涙がこみ上げてきた。
泣きそうな僕を見かねたヌイさんは「すいません、私はあなたを天使殺しなんて微塵も思ってないんです」と言った。
天使と言えど女性に気を使われたのがさらに情けなくて泣きそうなる。
キャー、隣の家から悲鳴が聞こえた。僕を殺人扱いした四人は家を飛び出し、隣の家に向かった。僕も着いて行った。
外に出ると夜だった。四人が大急ぎで入った家に僕も入った。
家の中はランプが消えており、真っ暗だった。
居間に入り立ち尽くす天使たちの中を割り込んだ。そこには薄っすら血まみれで倒れる五人の天使たちがいた。
あの大惨事の悪夢を思い出し、吐き気が込み上げて、居間の角に吐いた。気持ち悪い酸味が残った。
「まだ近くに天使殺しがいるかもしれません」
ヌイさんが声を張って言うと、三人が身構えた。
僕はどうして良いか分からず「僕は、あの、どうすれば」と訊いた。
「あ、ええと、」
「俺の後ろに!」
ヌイさんが戸惑っている間に坊主の男性が僕に言ってくれた。
息がつまるほどの沈黙が続いた。
「もう逃げたよ、残念ながらね」
髪を結んだ男性が言う。
「なんで?」
僕の目の前で坊主の男性が訊く。
「割れた窓ガラスの前に血がついた足跡がある、恐らくここから入ってきて、殺して、そのまま帰った」
赤い髪をした女性が窓の縁をさすりながら言う。
暗いのによく見えるな、僕は暗くて何が何だかよく分からない。
「じゃあ無理ですね」
ヌイさんが残念そうに呟く。
「あの足跡を追って追いかけられないんですか?」
恐る恐る訊いた。
「無理だね」
髪を結ぶ男性が言う。
「天使殺しは空飛べるもん」
坊主の男性は僕を振り返って言った。
「え、天使は飛べないんですか?」
僕が訊く。
「うん、飛べない」
坊主の男性が当たり前のように言った。
「申し訳ないと思ってるよ」
「うん本当にごめんね」
「すみませんでした」
「本当にごめん」
四人が僕に頭を下げた。
「いやいや、頭をあげてください」
口先だけではそう言うがどこか優越感に浸っていた。
謝るのは普通にしても頭まで下げるのだと、感心した。
僕が目覚めたこの家はヌイさんの家だと聞いた。この四人で寝泊まりしているそうだ。
「そういえば僕ヌイさん以外の名前聞いてなかったので」
僕が恐る恐る訊くと、一人一人丁寧に教えてくれた。
赤い髪をした女性はギル。青い髪を結んだ男性はツル。坊主で小柄な男性はブノルハ。
今日はなんやかんやあったが、打ち解けられた気がした。天使たちとたくさん話し、僕は眠りについた。
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