唯人
目が覚めた。
五時間目、数学の授業をしていた。周りを見渡すと眠そうに机と向き合っていた。
やはりそうだ。眠ったら世界が切り替わる。
そのシステムは理解したものの、どうすればいいのだろうか。天使の世界からは早く抜け出したい。何故僕が眠ったら天使の世界に行かなければならないのだ。訳が分からない羽が生えた人間が殺されているなど僕から言わせればどうでもいい。
面倒ごとはなるべく避けたい。それに次、黒くて速い奴と出会ってしまったら、確実に殺されてしまう。
天使の世界で殺されたらどうなるのだろうか。
都合の良い解釈をすれば、天使の世界での僕という存在が無くなり、現実での僕という存在だけが残る。
逆に都合の悪い解釈をすれば、天使の世界で殺されて、現実の世界でも死ぬ。
だが、現実での自分と天使の世界での自分は連動しているのだろうか。
指先のかさぶたを出来るだけ長く剥がした。ヒリヒリした。
天使の世界でもかさぶたが剝がれていたら、連動しているということだ。
もう一回眠ろうと机に突っ伏した。
眠れない。
学校が終わり部活も終わった。自転車で家に向かう。
天使の世界、ヌイさんは『天使の町』と呼んでいた。羽が生えている以外は人間と同じだ。いや、きっと同じではないのだろう。宴の中一人浮いていた僕を気にかけ、話しかけてくれた。あの大惨事の中生き残った僕を保護してくれた。
僕だったら話しかけないし、保護なんてするはずがない。天使の町の住人は道徳心の塊のような存在だ。
家に着いた。行き道は長く感じるが、帰り道はやけに短く感じる。
自分の部屋に行き、制服を脱ぐと中のシャツがびしょ濡れだ。ズボンを脱ぐと、また汗がついたパンツがさらされ、冷たい。気持ち悪いのでそそくさに半ズボンをはいた。
スマホを見ると中学の友人、正人から『唯人が自殺したの聞いた?』とラインが来ていた。
正人とのトークルームを開いた。
裕貴「聞いたよ、まぁ何とも思わないけどねw」
正人「それなw」
正人「ただちょっと意外だったね」
裕貴「それは思った、あいつメンタルだけ強かったからね」
正人「ねw毎日学校来てたし」
裕貴「遺書とか書いたのかな?」
正人「何も無かったって言ってたよ」
裕貴「あいつならなんか残して死にそうだよね、あいつをイジメた全員の名前を遺書に書いたりとかしてw」
正人「それしてたら普通に怖いわwww多分イジメとかじゃなくて高校で上手くいかなかったんじゃないの?」
裕貴「たぶん」
正人「俺思ったんだけどさ」
正人「アイツがこの程度で死ぬか?」
裕貴「死ぬでしょw」
正人「あいつメンタルだけはバケモンだったじゃん?自分は悪くないみたいなツラしててさ」
正人「そんな奴がこの程度で死ぬか?」
裕貴「どういうこと?」
正人「誰か殺したかもしれない」
トークルームを閉じた。
唯人が殺されたかもしれないと正人は言ったが、そんなことは無いだろう。
ただ、本当に殺されたのならば、誰に殺されたのだろうか。小中学で嫌っていた僕のような人だろうか、高校で出会った人か、親だろうか。
もし、殺されたのだとしても、そこに同情なんてものは無い。
唯人は小学生の頃、可愛い子ぶりで嫌われていた。優しくすると付け上がり、注意すると怒り、突け放すとすぐ泣いた。
そこをきっかけに唯人はイジメられ、孤立する。だが、自分が孤立するのは嫌だったのだろう。一年後輩の生徒とも仲良くしようとするが、そこでも嫌われた。それから優しい先生に媚びを売り、何とか孤立することを避けていた。
中学に上がると可愛い子ぶりは消え、急にポジティブになり出した。自分は悪いことをしていないと、自分は理不尽なイジメを受けていると、それに耐える自分は強いと。その姿勢に僕を含めた皆は苛立ちを覚える。
だが、もう誰も孤立した唯人を不必要にイジメることは無かった。皆我慢していたのだ。
その中でも時たま唯人の悪口で盛り上がったり、掃除のとき唯人の椅子だけ下ろしていなかったりした。
可愛い子ぶりは消えたが、機会があって仕方なく会話をするとき上から目線だったり、一言余計だったりした。
大前提嫌いな人から、余計なことを言われることに相当苛立ちを覚えた。クラスの人たちは唯人を出来るだけ避けた。
だが、孤立するのが嫌な唯人は僕たちの会話に割り込んでくる。
「お前もう割り込んでくんな」
僕が言った。
「何で割り込んじゃいけないの?」
自分は何も悪いことをしていないかのような態度に苛立ちを覚えた。
「嫌いだからだよ、皆お前の事嫌いなんだよ、何で全員嫌いなとこに突っ込むんだよ、せめてお前の友達のとこ行けよ、あ、そっか友達いないか、お前にとっちゃここの学校自体がアウェーだもんな」
空手部の龍が早口で捲し立てると、笑いが起こった。
そこで一人唯人の悪口を言うと、そこからエスカレートし、どんどん悪口が広がった。
「お前、マジ邪魔、消えてくれ」「唯人お前FG組み行けよ」「えたひにんは死んどけ」「北海道の女にフラれたくせによ」「存在がウザいわ」
唯人はそこで怒りが爆発した。
「うるっせんだよ!」
唯人が声を荒げた。目を潤ませ、顔を真っ赤だった。
その表情を見た僕らは腹を抱えて大爆笑をした。
その様を見た唯人は、爆笑していた内の一人である晴斗に殴りかかった。
殴られた晴斗を見るなり正人が唯人蹴飛ばした。倒れた唯人を僕も含めた、笑った全員で踏みつけた。今まで溜め込んでいた怒りをぶつけた。
その光景に教室の生徒は唖然としていた。今までの唯人への怒りと、流石にやり過ぎなのでは、という同情が、教室中でせめぎ合っていた。
先生が入ってその光景を見るなり、「なにしてんだゴラぁ」と声を荒げると教室中が水を差したように静かになった。
唯人は全身にケガを負った。
それが親に報告され、父母にこっぴどく怒られた。
それから何度も事情聴取をして、唯人の家に謝りに行くことになった。唯人の家はマンションだった。
その日、両親に頭を下げさせた罪悪感と被害者ヅラしているであろう唯人に怒りが頭を行き交った。
あの日、僕らが手を出さずに唯人が晴斗を殴ったという事実だけが残ったとしても僕らが悪くなるのだろう。
そんな唯人が自殺したのだ。唯人の親がどう思おうと、僕は嬉しい。
夜ご飯。父と母と祖母で食べている。
皆、NHKに夢中で会話はあまりない。
「今日学校どうだった?」
母が訊いてきた。
いつも同じような学校生活をしているので、これといって話題になるような出来事は無い。
「覚えてない」
「本当に学校行ったんだが」
母のお決まりのセリフだ。
僕が最後の一つの餃子を食べた。
「裕貴、最後の一つの確認しなくなったな」
父が言った。
「昔はよく確認してたのにね」
母が懐かしそうに言うと父も祖母も笑い、盛り上がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます