第3ヌイ

目が覚めた。

 古びた天井の木目を見ていた。知らない天井だ。

 上半身だけ起き上がらせ周りを見渡すと、全体的に古びていた。古びた床にホコリがかぶっていた。テーブルは低い。壁には押し入れだろうか、ロッカーだろうか、四角い、何かを入れるような物が置かれていた。その隣に椅子があった。部屋の狭い。その割に窓がものすごく大きかった。

 ここはどこだ、僕はこの瞬間、今日見た悪夢を思い出した。

「あ、起きましたか」

 そう言ってドアから入ってきたのは女性だった。髪は肩まで伸びたボブヘアだった。そして、背中に羽が生えていた。

 どういうことだ、今日見た悪夢の続き、だろうか。夢の続きなんて聞いたことが無い。

「大丈夫ですか?体は痛くないですか?」

 ロッカーか何か分からない物の隣にあった椅子をベッドの隣に寄せ、座った。

「大丈夫ですか?喋れますか?」

 女性は覗き込むように僕を見て言った。

もしかするとそうかもしれない。学校生活を過ごしていたらすっかり忘れていたあの悪夢がもう一回やってきたのかもしれない。

「ですよね、あんなことがありましたからね、」

 僕の気持ちを察して親身になっているつもりのようだ。

「君とぜひお話がしたいんです、ですのでゆっくりでいいですから、ね?」

 女性は優しい口調で言った。

 窓から差し込む光が宙を舞うホコリを際立たせていた。

やはりそうだ。人間に羽が生えていて、建物一つ一つ、中世のヨーロッパを思わせる。今日見た悪夢だ。この現実に打ちのめされた。

重苦しい沈黙が続いた。

「僕は、なんでここにいるんでしょうか?」

 口を開いて初めて出た言葉がこれだった。

「ここ出身ではないんですか?てっきり私はここの出身だと思ってたんですが」

 女性は嬉しそうに訊いた。

「いや、何ていうか、初めて来たんです、っこに」

 この人は話しやすい人だと思った。

「そうなんですか」

 女性は声を静め下を向いた。

「あの、あーゆうのって頻繁に訪れるんですか?」

 僕が訊いた。

「ああ、毎日殺されますけど、あの規模は初めてです」

 女性は地面を見つめていた。

「そうですか、そういえば、僕とお話がしたいって言ってましたよね?全然聞きますよ」

「あ、そうですね」女性は改まった表情に変わり「私の名前はヌイと申します」と言った。

「はい、僕は裕貴と言います」

 僕も改めて名乗った。

 あ、ユウキくん、とコクりと頷いた後に、ヌイさんは話を始めた。

「ここは天使の町と言って、皆平和に暮らす良い町だったのです、誰一人として汚れた感情を持っていません。皆がひと思い、愛し愛される、そんな町だったのです。

 ただ、年々、天使たちの殺人が起こるようになったのです、殺人が起こった最初の年は三人の天使たちが殺されました。その翌年は六人、またその翌年は十二人、

十二人も殺されるとなると流石に町の天使たちは恐れ始めました。夜道を出歩く天使が減ったり、なるべく二人以上で行動をしたり、今となっては毎日のように天使が殺されます。

 ただ、この町の天使たちを殺す『天使殺し』をとっ捕まえようとする天使たちは中々現れません。

 普通に考えたら最初に殺人が起きた年にとっ捕まえて身動きの取れない状態にした方が良かったのです。

 でもそれをやらない、出来ないのです。

 天使たちはいくら住人が殺されても自分の中で『なにがあっても暴力をしてはいけない』という感情が強く根付いているからです。

 暴力は何があってもあってはならない、と。

 だから私は、『天使殺し』を殺すことにしました。

 誰も動かないから私たちがやる、という理由もありますがそれ以上に、天使殺しに私の友人が殺されたのです。先々週のことです。殺された天使はその友人が処理をするのです。私が友人の死を知り、それの処理をしている時、他の天使たちもきっと同じ気持ちで処理しているはずなのに、なんで何もしないのかな、と思ったのです。

 『なにがあっても暴力をしてはいけない』その気持ちは凄く分かるのですが、それが裏目に出ているとは、誰も思わないのかなと、思ったのです。

 はっきり言って、たくさんの天使たちが殺されているのに何も行動できない天使たちに苛立ちを覚えています。

 そして私は、いや、他にも三人ほどと一緒やっているのですが、『天使殺し』を探しているのです。あの大惨事の中で唯一生き残っていたのは、あなただけでした。

 もし、姿を見たのなら、顔や体の特徴を動き方の癖など、教えていただけると幸いです」

 強い眼差しだ。その眼差しにどこか圧倒された。

「あの、一応、その、いわゆる『天使殺し』の姿は見ました、ただ、あの、その、何ていうかな、早くて全然見えませんでした」

 こんなに強い眼差しで聞かれたのに、こんなに弱い返事しかできない自分に情けなさを覚えた。

「そうですか残念です」

 ヌイさんは下を向いてため息を漏らした。

 はっきり言って、僕には天使殺しは関係ない。まず天使ではない。それにここの町の住民でもない。

 だが、よくよく考えたら、現実世界には一回戻ったのだ。目が覚めて戻ったのだ。とすると、この世界に行ける鍵は眠ることだと仮定できる。つまり、今こうやって天使の世界で過ごしている時間、現実の僕は寝ていると仮定できる。

 ということは、この世界から出るには、眠る必要がある。

「あのすいません」

 下を向いていたヌイさんに恐る恐る声をかけた。

「はい」

「ちょっとまだ疲れを取れてないみたいなので、もうちょっとだけ眠ってもいいですか?」

 僕が恐る恐る訊くとヌイさんは「あ、わかりました、全然ゆっくりしていってください」そう言ってそそくさに部屋から出て行った。

 ヌイさんが部屋を出たことを確認して仰向けになり目をつむる。

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