第2話よかった

飛び上がって目が覚めた。

 全て夢だった。とてつもない安心感に浸った。酷い夢を見た。

顔と首元と脇に大量の汗を掻いていた。

 時計を見ると六時を回っていた。母が起こしに来るのが六時半だ。まだ眠気が多少あるが、ベッドは僕の温もりが残っていて、暑苦しい。

 いつもより早くリビングに行き、母は多少驚いてはいたが、いつも通りシャワーを浴びて、朝ご飯を食べ、歯磨きをして、もう一回布団についた。

 少し時間が余っているのでゆっくり二度寝が出来ると思った。だが、あの悲惨な天使の世界がまぶたの裏に焼き付いていた。

 目が覚めて少し経っても鮮明に夢を覚えているのは久々だ。だが、どうせすぐ忘れる。

 

 制服に着替えて外に出ると何もかも全て嫌になるほど熱い。

 自転車に乗って学校に向かう。

 歩道者用信号機が赤であっても車が来なければ普通に渡る。

 脇汗とまた汗がジワジワを染みこむ。さっきシャワーを浴びたのに。汗さえ出なければ夏は嫌いではない。

 駐輪場に自転車を止めた。駐輪場の中はクモの糸があちこちに張っており、たまに顔に引っかかる。

 学校から駐輪場までの距離がかなりある。その間でよく先生とすれ違うが、優しい先生には挨拶をされてから挨拶をする。だが、強面の先生がすれ違うと、自分から挨拶をする。

 僕が通っている高校は秋田県にかほ市にある田舎の高校で、校内は全体的にボロい。簡単に虫が入ってくる。冬になるとカメムシが大量に入って来るらしい。まだ一年生だからわからない。

 僕の学年は二クラスあり、合わせて三十人と、かなり少ない。僕のクラスは十七人だ。

 教室に入ると今日も朝から明美はうるさかった。僕が嫌いフレーズの一つである『推し』この言葉を彼女は乱用している。

 その次にうるさい奴がいる。春太だ。彼も朝から『男子高校生感』を出していた。

 僕は高校生活でこの二人とはなるべく距離を取っている。

 だが、今回は運が悪く明美は僕の前の席にいる。一週間前に席替えをしたのだ。

 僕の前で明美を含む四人が固まってスマホを横にしていた。

「やばーーい、昨日ガチャで推しが二体当たったんだよ!やばくなーーい」

 ストレスが溜まる。スマホを見るにもギガがそこまで無いので無駄遣い出来ない。

「よぉ」そう言って僕の肩を組んできたのは慎之介だ。

「おはよう」僕が言った。

「おはよう」慎之介は言って隣の席に着いた。

慎之介は前の席替えで隣になった。

「聞いた?自殺の事」

「昨日聞いたよ」僕が言った。

「誰なの?」

 慎之介は興味津々だ。

「唯人って知ってる?」スマホを机に置いて慎之介を見た。

「知らない、え、あ、その人が自殺したって事?」

慎之介が訊く。

「そうそう」僕が続ける「はっきり言って唯人は中学の時からヤバい奴で俺も皆も避けてたよ」

「あ、そうなんだ、どういう感じだったの?」

 慎之介が訊く。

「なんか上から目線だったし、毎回一言余計だったし、少し優しくしたら急に馴れ馴れしくなるし、そりゃ嫌われるだろって思ったよね」

「え、自殺してなんとも思わなかったの?」

慎之介は笑い交じりに訊いてきた。

「ぶっちゃけ、『あー死んだんだ』くらいじゃない?」

 自殺したからといった理由で同情したと思われたくなかった。僕は唯人のことを心から死んでほしいと思っていた。それに中学の友達と『あいつが死んだら打ち上げしようぜ』と約束していたくらいだ。

「へぇー、ヤバ」

 慎之介は笑った。

 

 四時間目は体育だ。一週間後に体育祭がある。それに向けて大縄跳びの練習をする。僕は回す方だ。飛ぶ方はできない。

 大繩の中に十五人が二列に並び、列の中間にいる『男子高校生感』を出したがる春太が掛け声を言う。それに合わせて、縄を回す。

 だが、良くて四回飛べるか飛べないかだ。使えない奴が二人いる。一人が『推し』を乱用する明美だ。教室ではうるさいが、暑さに

弱く、貧血で調子が出ないそうだ。

 二人目が宗太だ。彼は恐らく障害を持っている。何をするにもオ

ドオドしている。縄が来たタイミングで飛ぶことができない。『仕方ないにしてもじゃあ回す方やれよ』と思う。

 

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