第六首 「第51回私の短歌で物語を綴って下さい」参加作品
お題233『なぜか探偵が来ると事件が解決するお話』
「解決済み?」-1:何故呼ぶの?
僕呼ばれ
行けば既に
解決済み
何故呼んだのか
知りたいところ
『名探偵登場』
僕が世間に名高い探偵である事は、もう承知の事実であるので、今更声を大にして主張する必要は無いだろう。わざわざそんな事をする迄もなく、僕の姿が現われる度、そこに賞賛と羨望と嫉妬の視線が集まる事になる。当然の帰結だ。
探偵の真似事なんてしているのは、大した頭も持っていない癖に、世間を馬鹿にしきって、君たち程度の頭では分かるまい? などと賢しらな態度で犯罪に手を染める輩が気に食わないだけだ。そんな奴らの稚拙なトリックを暴き立て、奴らの悔しみ歪む顔を拝むのが他の何よりも楽しい、ただそれだけの事だ。
だって、そうだろう? そんな世間に隠れて一人甘い汁を吸うなんて特権は、ただ一人、僕だけに許された事なのだから。もうこれだけ言えば分かるだろう、僕の本業は探偵なんかじゃあない。法なんて抜け穴だらけのボロ切れを自由気ままに掻い潜り、誰にも気付かれる事無く、楽して儲けて生きて行く、そんな高等遊民としての顔が、僕の本質だ。探偵なんて、他の馬鹿どもが一端に僕の真似事をしていい気になっているのを挫いてスカッとする為の、謂わば隠れ蓑を兼ねた気晴らし、と云った所なんだ。
だけど、それであちこちから賞賛されると云うのも、正直悪い気分じゃない。僕の本当の顔に気付く事無く、口々に褒め称す、ああ、本当に気分がいい。色んな意味でね。
だから、頼まれれば割と何処へだって赴くし、こう見えて結構人当たりの良い、誠実な人物として評価もされているんだ。自分の楽しみを他の連中に横取りされたくないだけなんだけどね、実は。
けれども、だからと言って、こういった雑な呼ばれ方は気に入らない。僕を馬鹿にしているのかい? 既に解決した事件にわざわざ僕を呼んで何になるっていうんだい? 解決した事件に、ちょっとばかしご意見いただきたい、だなんて、全く以て馬鹿にしてる。
「いやあ、どうも、どうも、わざわざご足労頂き恐縮です。」
振り返ると、そこに居たのは、まあ、冴えない男と云うのはこういうのを言うのだと云う、典型の様な男がそこに居た。ヨレヨレのスーツに身を包み、草臥れたフロックコート、頭はモジャモジャ、藪睨みのパッとしない顔、手に持ったスムージーが絶望的に似合っていない。
「急にお呼び立てしてすいませんね。ワタクシ、こう云う者です。」
取り出した警察手帳を雑に一瞥して、軽く頷くに留めた。わざわざ覚える程の価値もない。しかし、あからさまに無視し続けていても体裁が悪い。だと云うのに、苛々が募っていたのだろう、出て来たのは自分でも驚く様な皮肉気な言葉だった。
「晴れだと云うのにフロックコートですか。随分用心深い事で。」
目の前の刑事は、気分を害した様子もなく、にこやかに返す。
「いやね、私もそう思わないでもないんですけどね、うちのカミさんがね、言うんですよ。”あなた、あなたはどんくさいんだから、何かあってからじゃ間に合わないでしょって。何時雨が降るか分からないなら、普段から来ていればいい、ってそう言うんですよ。それで、私も、それも尤もだ、とそう思って着ている訳でして、ね。」
そう言いながらこちらを見てニッコリ笑う。
「貴方も気を付けた方が良いですよ。世の中何があるか分からないですからねえ。一寸先は闇、とはよく言ったもんです。お勧めしますよ、コート。何かあってからじゃ遅いですからねえ。貴方の周りで次々に起こった不幸な出来事も、一歩間違えば、貴方に降りかかったかも知れないですからねえ?」
それは無い。心の中でそう反論する。それらの不幸とやらは、その全てが僕が引き起こした物だからだ。理由? 大した事は何もない。ただ、餌をぶら下げた隙だらけのおバカさんが僕の前にノコノコ現れた、ただそれだけの事さ。僕ならもっと有効にそれを活用出来る、だから元の持ち主には、誠に残念な事だがちょっとご退場願った、と、ただそれだけの話なのだから。
ふと気付くと、何時からそうしていたのか、目の前の男がじっと僕に視線を注いでいた。その瞬間、何故だか僕は心臓がドクンと跳ね上がる様に感じた。男はそれに気付いたのか、にこやかな笑みを崩す事無く語り掛ける。
「あ、この目ですか、いや、すいませんね、実はこっちの目、義眼でしてね。人からは何だか睨んでいるみたいでって、随分受けが宜しくないんですよ。でも、大丈夫、何も見えちゃいません。例え何かやましい事が有ったとしても、いや、失礼、この目は何も見えちゃいませんから。」
違う、そっちの目じゃない。さっきからこちらをじっと見て少しの隙も見逃さまいと、少しも動かないもう一方の目の事を言ってるんだ。気付かない内に口が動いていたか? それとも自分のやった事を思い返して薄ら笑いでも浮かべていたか? いや、待て、落ち着け。そんな素振りが顔に出ていたとして、だから何だって言うんだ。僕と事件を結び付ける証拠は何処にも無い筈だ。ただのはったりだ。いつも通り、自信満々に振る舞っていればそれで良い。大丈夫、大丈夫だ。
そんな僕の胸中に気付いた様子もなく、男はやにわに懐から煙草を取り出すと、
「ちょっと失礼しますよ。いや、喫煙所はどちらでしたかねえ。全く喫煙者には厳しい世の中になった物で、貴方御存じないですか?」
「いいえ、煙草は吸わない物で。」
「そおですか、それは残念です。」
言って、男は僕に背を向けて部屋から出て行こうとする。思わず僕はホッと息を吐いていた。ホッと? この僕がホッとしたと? 何を安心する事が有る。僕は追い詰められてなんかない。何も僕を妨げる事なんて出来ないし、探る事なんて出来やしない。僕はただ、不愉快なだけだ。目の前の、凡愚を絵に描いた様な男を前にして不快に思っているだけなんだ。
そう思おうとしても、心の奥底から湧き起って来る安堵の気持ちは抑えようがなく……。
「あ、そうだ、そう言えば一つ聞き忘れていた事が有ったんでした。」
だから、不意に男が振り返ってこちらに聞いて来た時には、背筋が凍り、全身から嫌な汗が噴き出して来るのを止める事が出来なかったんだ。
思えば、この時点で、僕はこの男の術中にまんまと嵌っていたのかも知れない……。
終
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