第四首

 春の虹 淡く輝く 夢のよう 手にした瞬間 泡と消える。


 短歌擬き☺️-令和5(2023)年2~月分

 お題36「上春」(ジョウシュン) より。



           『虹狩りの休日』



 夜通し降り続けた雨が収まった朝の、抜ける様な空の中で照り付ける陽の光が、ところどころに残る雫を照らして、辺りを光り輝く海に変えていた。


 ぞろぞろと誘われる様に外に出てきた人々が、戸惑いながらキョロキョロと周りを見回す姿が、そこかしこで見られ、昨日まで自分達の居た世界がすっかり変わってしまっている事に気付くまで、行く当ても無く足を運ぶ様は、陽がもう少し昇り、辺りが心地良い温かさに包まれるまで続いた。


 口から口へ、耳から耳へと伝わる噂は、人々の間を、水面に広がる波紋の様に伝わって行き、その波は、人々を街外れの草木生い茂る広場へと運んで行った。


 昨夜の雨の未だ乾かない草木に残る露に、今や空の真中に昇り切った陽の光がふんだんに降り注ぎ、照り返す葉先から生まれた虹の欠片が、草の根元に仄かに光りながら、大小様々な姿をあちらこちらに晒していた。


 人々は思い思いの場所に散らばって行き、めいめいが手に取った虹の欠片を、空に掲げて透かして見たり、両手に持った二つの欠片を、どちらが良いか何時までも眺めて考え込んでいたり。


 だと云うのに、自分は幾ら手を伸ばしてみても、触れる端から霧の様に消えて行く虹の欠片。周りの人々が心より満ちたりた表情でいるのに、焦りと同時に湧き起って来る哀しみとで、力無くうなだれて佇んでいるより他なかった。


 世界はその身を地上に横たえて、手足を投げ出し、やがて静かに寝息を立て始め、その寝息は人々の心の中で心地良く響き、やがてその顔に僅かに残った険も、徐々に薄れて消えて行く。

 日々の中で、人々の心に刺さった棘が与えていた、終わりのない痛みも嘘の様に無くなって、思い煩う全ての事がもはや存在しない事に気づいた人々は、何処か寂しいながらも晴れ晴れとした顔で、その視線は、もう留まる理由の無くなったこの地から遠く離れ、空の彼方のそのまた向こうにある所に向けて、注がれるのだった。


 空に掛かった一際大きな、空の端と端とをを繋ぐかの様な巨大な虹が、陽の西に傾き掛けると共に、少しずつ薄れて行き、何時しかその上に乗った人々は、虹の橋の向こう側の世界に向けて歩き出す。


 二度と戻れない世界への旅路。だと云うのに、人々の顔はどこまでも晴れやかで。いくらその後を追おうにも、端から消えて行く虹の大橋。疾うにその足掛かりは失われ、もつれた脚と共に崩れ落ち、膝を着いて見送る自分の、何時しかその姿は幼子の。


 何時だって世界は自分を置いて先に行ってしまう。呆けているのが悪いのか、見惚れているのが悪いのか、大声で置いて行かないでと泣いて叫んでも、風で雲の形が変わって行く様に、虹の橋は薄れて消えて、人々の姿も又、かの地へと消えてなくなってしまう。取り残された自分の泣く声の、わんわんと、わんわんと云う声だけが辺りに響き、


 そこで自分は目を覚ます。未だ宵の内に有る中で、窓から射す月の光が仄かに辺りを僅かに浮かび上がらせていた。


 夢? に見た虹と同じく、目には見えども決して手は届かず、光は射せどもこちらの声は届かず、夢でも現でも決して届く事無く、ただひたすらにそこに在るその姿に、分かってはいても手を伸ばし、変わらず指の間を擦り抜けて行くその様は、水面に描く絵の如き物かは。


 ただ狂おしい憧憬ばかりが募り、怨みさえ籠った見詰めるその先に、それすら擦り抜ける様に、月はただそこに在ったのだ。





                             終

 

 

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