第二首 「第47回私の短歌で物語を綴って下さい」参加作品
この階段 上 れば明るい 現実が 手招きをして 待っている
第47回私の短歌で物語を綴って下さい
平成29(2017)年11月7日
お題211『リア充への階段』-「リア充へ向かう」1:だんだん🎵 より
『夢の中で追われる話』
夢の中で何かに追われると云う、寡聞にしてこの種の夢がどれだけの割合で人々の間で見られているかは分からないが、割とありがちな類の物らしい。
夢の中で何かに追われる。追って来る者はその都度、又は見る人によって変わるが、逃げる側、この場合は夢を見ている者だが、何とも説明し難い恐怖に駆られて(それに立ち向かおうなどとは露にも思わず)逃げ惑う。
目覚めた後になって冷静に考えてみれば、夢の中で追ってきた存在は別段恐ろしくとも何ともない物だったりする。にも拘らず、夢の中では抗い難い恐怖の対象として映る。
今まで考えた事も無かったが、果たしてこの‶追うもの″とは一体何の象徴なのだろうか?
その答えの足掛かりとなりそうな夢を最近になって見たので、此処に記す。
追って来る者は、未だ遠くに在り、姿こそ見えないが、遠くからでも伝わって来る轟音と、それに伴う振動からでも、絶望的に巨大な存在であり、追い付かれたら最後、どう考えても愉快な展開を期待出来る物ではない事が明らかだった。
何はともあれ、一刻も早くこの場より逃げねばならない、と、音を背に全力で走り出す。
流れる様に通り抜けて行く取り留めの無い風景。見覚えの在る様な、無い様な街の風景、路地裏。唐突に現われる鬱蒼とした森、開けたススキの原、それら全てを顧みる事無く駆け抜けて行く。
不意に現れた木造の狭い通路を掻い潜り、立って歩けない程に狭く急な勾配の階段を、蛇ののたくる様に曲がりくねる中を這う様に登り、背後で気の砕ける音と共に迫って来る者に怖気を覚えながら必死に手足を動かし登る。まるで四足獣だ。
際限なく続いている様に思われた階段も尽き、あわや、と思われた上部に据えられた上げ蓋を泡を食いながら押し上げ、転がり込む様に這い上がると……、
其処は打って変って、淡い微光を放ちながら薄い色の花弁の舞い散る桜並木の中に居た。
と同時に、それ迄圧倒的な威圧感で以て迫って来ていた気配が、嘘の様に消え失せて、穏やかな気配、さながら面前に広がる花吹雪の様な静けさに、俄かには信じがたい事であったが、自分は‶逃げ切った″事を覚った。
この頃になると、自分が夢を見ている事に薄々気づき始め、もうじきそれも終わり目覚めるであろう事も分かっていた。
そんな半覚醒の中、自分はこの状況に驚いていた。今まで、何かに追われる夢に於いて、其処から逃げおおせる事例など経験した事も聞いた事も無かったのだから。
殆どの場合、追い付かれ、或いは追い付かれそうになって、あわや、と云う段になって半ば無理矢理、と云う形で夢は破られ、目を覚ますと云うのがお決まりの形であるのだから。
桜並木の間をゆっくりと歩きながら、半ば途方に暮れた形で、これからどうしたものか、と思いつつも、自分は考えていた。
次第に近付いて来る目覚めの感覚を覚えながら、これ程までに穏やかな目覚めであるのならば、今自分の見ている夢の世界と、これから目覚めるであろう現実との世界との間に何らかの連続した調和の様な物が齎されるのではないか、と。
今迄見て来た、追われる夢の結末として常だった、強制的な夢の断絶。現実と夢の世界との繋がりを一切拒絶する唐突な切断とは違って、今のこの夢の世界から現実への穏やかで滑らかな移行。それは、夢の世界での理が現実の世界へと齎される、或いは夢の世界が隔絶したそれだけの物に留まらず、現実の世界にも内在する事を何よりも証明する事に思え、それが極く自然に、何ら違和感も無く為されると云う事に、軽い驚きと共にこれまで感じた事の無い安らぎを覚えていた。
そして知った、気付いたのは、夢の中であれ程までに執拗に追いかけ回す存在、と云うのは、形は様々なれど、見る者にとっての‶現実″に他ならない、という事を。
夢の中に居る者を、その中で生きる半ば夢の存在である者を追い立て打ち消そうとする存在、夢の終わりを告げる者、現実という使者に他ならない、と云う事に。
目覚めた時にはあわや追い付かれそうになる瞬間だったり、捕まって何らかの形で害される、身体の一部を食われたり、刺されたり、砕かれたり、と云った時だったりするので、‶ああ、助かった″などと云う感想を抱きがちであるのだが、実の所何一つ助かってなどいない事になる訳だ。その時点で、夢の中の存在は跡形も無く打ち消されているのだから。
そんな事を夢の中で朧気に考えていた。
ふと気付くと、隣に誰かが並んで歩いている。見ると、白い生地の服に身を包み、長い髪を纏め上げて首筋の良く通った態の女性が、此方を静かに伺いながら歩調を合わせる様に歩いていた。
深く澄んだ眼差しを此方に向けながら、柔らかな笑みを浮かべ、此方の手を取って、導く様に、しかし先を急ぐ風でも無くゆっかりと歩いて行く。
その歩く先にやがて現われる白く輝く光の塊。ああ、あの先が目覚めの時へと繋がっているんだな、と考えながら、夢の最後に齎された、繋いだ手の感触を惜しむ様に殊更歩みを緩やかに、傍らの女性はその事に文句の一つを言うでもなく、今のこの時を愉しむかの様に歩調を合わせるのだった。
それでもやがて辿り着く夢の終わり。次第に明るさを増しつつある視界と共に訪れる目覚め。そして改めて見る事になった現実の世界は、夢の世界のそれと連続した、穏やかで生き生きとした、新たに生まれ変わったかの様な様相を見せるのだった。
今に至るまではっきりと覚えているのだから、余程印象的な夢だったのだろう。しかし、これを書いていて気付いた事なのだが、自分は果たして本当に現実という名の追手から逃れたのだろうか、と。
確かに怖ろし気な様相の露わな存在からは逃げ切った。しかしながら、夢の最後に現われた、自分を導し女性の存在、それはもしかしたら強引に夢の幕を下ろそうとした試みを一旦諦めた現実の、また別の姿を取った物だったのではないか、と。
無理矢理に夢を断ち切れないのであれば、夢見る者が自ずと目覚める方向へと誘導してやれば良いと、現われた現実の姿だったのではなかったか?
だとすれば、自分はまんまとその手段に嵌り、挙げ句自らその手を取って夢の世界を手放した事になり、結局の所、逃げたつもりが何時もと変わらず、しっかりと捕まっていた、と云う、何とも間抜け極まりない結果となっていた、と云う事になる。
何より困った事には、そんな自分がそんな目に遭っておきながら、その事に対して何ら不満も文句も無く、出来る事なら今一度同じ目に遭っても良いな、などと虫の良い事を考えていると云う事なのだ。
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