第一首

 賑やかな 祭り囃子に 願い込め 神に通ずる リズムに乗せて


 短歌擬き☺️-令和5(2023)年2~月分

 お題35上秋(ジョウシュウ) より


 


               『祭り囃子』


 今では全く興味を失ってしまったが、自分がまだ幼かった頃、祭りの始まりを告げる太鼓の音が辺りに響き渡ると、もう居ても立っても居られなくなり、脇目も振らず家を飛び出し、未だ疎らな祭りの中に飛び込んで行ったものだった。

 普段閑散として、土埃交じりの風が時折吹き上がるだけの、そんな何気無い場所が、俄かに大勢の人々が集まり、新たな街が現われたかの様な賑わいを、その時だけ見せる。

 所々に色とりどりの提灯が灯り、如何にも子供の目に物珍しく特別な物に思えた数々の売り物出し物が所狭しと並べられ、薄暗い中安っぽい白熱灯の光に浮かび上がったそれらの品々は、自分の知らない遠い異国より齎された、非日常その物の象徴に思えて来るのだった。

 勿論、それ等は言ってみれば子供騙しの他愛ない物ではあったのだが、しかし、だからこそと言うべきか、むしろ子供以外の目に価値が無いからこそ、其処に不思議の世界へと繋がる何かが入り込む余地が大いにあったのだと言う事が出来るだろう。

 運良くそれ等の内の一つを手に入れる事が出来た時には、その日の夜はずっとそれで遊んでいて、それこそ寝る寸前まで矯めつ眇めつ、飽く事無く眺め続けていたものだった。そうする事で、自分の知らない世界への手掛かりが見付けられる様な気がして。

 今気付いたが、自分が祭りに対して一切の興味を失ってしまった理由が分かった気がする。何処かの時点で、もう其処に自分の求める不思議への世界へ通じる物が何見い出せない、という事に自身の内の深い部分で感じてしまったからだろう。

 結局、自分の求める物は何の事は無い、自身の内にしか存在しない、という事を否応なく思い知らされた。つまりはそう言う事なのだろう。


 辺りが暗くなり、程無く遠くから聞こえて来る祭り太鼓の音が、地形の影響からか高く空より響いて来る様に感じられ、まるで祭り自体が遥か遠く、空の向こう側で行われている様な、そんな印象を抱かせるのだった。

 現実の祭りではなく、幻想としての祭りのイメージ。それに次第に捉われて行き、自室で何をするでもなく寝転がりながらその音を繰り返し聞いている内に、脳裏に浮かんで来た一つの映像が自分の中で次第に醸成されて行く。

 それは、遠い何処かで祭り太鼓の拍子と共に輪になって踊っている人々の姿。ゆっくりとその輪は回り続け、やがてそれは周囲の露店や人々をも巻き込み、一つの大きな渦を為し、それが巻き上げられた木の葉の様な螺旋を描きながら上へ上へ、と昇って行く……。

 そんな幻想が浮かび上がり、その映像が想像の中で飽く事無く繰り返される内に、祭り即ち螺旋と云う、一聴するととても結び付き難い連想が確固たるイメージとして自分の中で形成されて行くのだった。

 

 高く伸び上がった螺旋の群衆は、やがて巨大な本流から個々に外に向けて飛び出して行き、それはさながら巨木から伸びる枝葉の様な軌跡を描き、その過程で各々の華を咲かせ、弾け、終いに掠れる様に消えて行く。

 其処彼処で起きる本流からの逸脱は、その二つと無い軌跡を残す事で、却って大元の螺旋の渦の豊饒さを露わにし、やがてそれは尽きる事の無い生命の大樹、‶世界樹″としての相貌を次第に明らかにし始める。

 

 終わる事の無い螺旋の舞踏。それは各々の内に刻まれた生命の設計図、遺伝子の二重螺旋を無意識に模した結果なのだろうか? 世界樹と云う巨大なうねりの中から飛び出した小さな生命の光のひとかけら。それが実は既にある意味で世界樹そのものであり、己が意志で描き切り開いた軌跡、それがその背後に控える大樹を更なる成長へと促し、更に上へ上へと引き上げる原動力となっていた?


 幻想が過ぎ去り現実の世界に戻って来た後も尚、夜空に響く祭り太鼓の音を聞きながら、ぼんやりとした頭でふと思い当たる。自分達が今この時を生きている特に見るべき者の無い筈の、何と言う事の無い現実の世界、実はそれ自体が途方も無く大きな一つの祭りであり、遥か遠い過去より続き、今も尚、そして未来永劫途切れることなく続いて行く事になるだろう巨大な世界樹であるという事に。

 私達が日々の中で特に意識する事無く為した何気無い事柄。それが思わぬ形で、自分達が気付かない内に、もしかしたら二つと無い、新たな命の光を世界に齎しているかも知れないのだと。




 



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