水を飲ませてもらう
ところでさぁ。喉、渇いてない?
ほら、ここに来るまでけっこうな時間、飲まず食わずだったわけだし。人間って、何日かお水を飲んでないと死んじゃうんでしょ? だったら、そろそろ飲まないとヤバいんじゃないかって思うわけ。
でっ、じゃっじゃじゃーん。これはなんでしょう?
そうです。お水ですよ、おっ、み、ず。
ほら、私って優しいから。君もずっと縛られてて、喉が渇いてるのが、かわいそかわいそって思うの。だから、ね。
(ペットボトルの蓋を開ける。プラスチックが擦れるゴソゴソとした音。その後、少女はあなたとの間にある十歩程の距離を詰めていき、一歩ごとに黒いハイヒールが、カツンカツンとコンクリートを鳴らす。程なくして、少女はあなたすぐ前までたどり着く)
はぁい。飲ませてあげる。
(ペットボトルからガラスのコップの上で傾けられ、チュロチュロチュロと注がれていく)
そっかそっか。涙が出そうなくらい嬉しいんだね。じゃあ、はい。
(少女はガラスのコップを傾むけはじめる。あなたは縛られたままでありつつも、顔をできるだけ前に伸ばし、舌を出そうとする。もう少しでボトルの口から水がこぼれそうになる手前で、ぴたりと少女の動きが止まる)
やぁめた。
なに、その子犬みたいな目。私のやることに文句があるわけ?
……なんてね。嘘うそ。その物欲しそうな目、さいっこう。ねぇねぇ、もっとやって。
ええ、水が欲しいの? さっきあげたでしょ。えっ、もらってない? そうだっけ? まあ、いいじゃない。細かいことは。じゃあ、はい。
(コップを傾け、ゴクッゴクッゴクッと鳴らしたあと、はぁぁ、と悩まし気な吐息を漏らす)
ああ、おいしかった。生き返ったぁ~って感じ。
よし、じゃあ水分補給も終わったことだし。
えっ、まだ飲んでないって。そんなの知らないよ。だって、このお水は私が飲むためのものだし。
聞いてない? 飲ませてあげるって言ったって?
ああ~、それは嘘。っていうか、言葉の綾ってやつ。なんかそういった方が、君の犬みたいな顔がいっぱい見れる気がしたから、ついね。
どうしても、お水が欲しい? って言われてもなぁ。水だって、ただじゃないわけだし。私もお小遣いが多いわけじゃないしなぁ~。ただってわけにはいかないよ。
お金ならいくらでも払うって。でも、君。今、お金は持ってないでしょ。だったら、信じられないなぁ。こういう時は、え~っと……そう担保。なんか、お金の代わりにちょうだいよ。でも、持ってないよね。服は……君の垢とか汗が染みこんだものなんていらないしぃ……靴も欲しくないしなぁ。
あっ! そうだ。髪の毛とかどう? ほら、昔の有名なお話で、恋人のために髪の毛を売るお話とかあったじゃん。そういうの感じで、君の髪を全部、私にくれるとか。
なにに使うかって? う~ん、今時、売るのも難しいよね。じゃあ、羅生門みたいにカツラを作るとかいいかも? つるっぱげになった君を見ながら、カツラを被ってあげるのはちょっと、いや大分楽しいだろうし。
別に楽しくない? そんなことないよ、絶対に楽しいよぉ。でも、嫌だったら、そうだなぁ……じゃあ、臓器とか?
冗談? 冗談じゃないよ。私、どうやって売ればいいのかとか知ってるし。そこまでお小遣いくれるんだったら、水の一杯や二杯、安いもんだよ。
ねぇ、どっちがいい。それとも、なんか他の方法で払ってくれるの? 歯? 爪? 眼球? 舌? 手足? それとも。
髪の毛でいい。いいってなに?
(ドン! と打突音)
髪の毛にし・て・く・だ・さ・い。でしょ?
うんうん、そうそう。(ドスの利いた声で)最初からそう言えよ。
ほら、水。飲んでいいよ。
(コップに残っていた水を勢い良くあなたの口に流しこんでくる。あなたは大きく咽る)
あああ、こぼしちゃって、もったいない。これは……おしおきだね。
(ドンとした打突音と咽る音が、二三度繰り返され、フェードアウト)
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