35:じゃんけん大会らしい
ダンジョンから出たところで、妙な人だかりができていることに気が付いた。
あれは何だろうと思って見れば――相手もこちらを認識したらしい。
あっ、と声を上げてこちらを指さす。うわ礼儀悪っ!
「アマネだ!」
どうして俺の名前を――となって、気づく。
そりゃ生活圏まで割れてるなら俺たちがどこのダンジョンに潜ってるかなんて一発で解るよな!
そう言えば、黎明のクランホームから出たのも出待ち対策だった。
そのことをすっかり失念していた……。
「白薔薇ちゃんも居るぞ!」
「リアルで見ると本当にエグいくらい可愛いな……!」
「白薔薇様よ~!」
……どうしよう。
「――はい、そこまで」
幼い声が響いて、俺たちと詰め寄ろうとしていた人たちの間に土の壁が作られた。
どこから、どうやって、というか誰が……?
声がしたほうを見れば――そこにはダークブラウンの髪の毛を揺らして、こちらにあきれた表情を向ける沙樹先輩の姿があった。
「まったく。こうなると踏んで迎えに来てみれば案の定だよ、後輩くん」
「すみません、沙樹先輩……」
「君はいいかもしれないけど、白薔薇ちゃんは今やこの国のアイドルのような存在なのだから、君が気を付けなければならないよ」
「ごもっとも……」
沙樹先輩の言葉に打ちひしがれていると、ぱっと土の壁が消えた。
先ほど熱狂のままにこちらへ突貫した人々は冷静になったようで、こちらを遠巻きに眺めている。
そんな中、こちらへ駆け寄ってくる姿があった。
金髪の縦ロール……東一条さんだ。
「白薔薇様、アマネ様~!」
「東一条さん」
「ああ、彼女が白薔薇ちゃんに服を贈ったという……」
「ん、いい子」
他のファンと違い、彼女はとても理性的だ。万が一にでも危害を及ぼせない程度の距離感で、話しかけてくる。
……というか、なんか差し出してる? 色紙?
「あの、サインを受け取るのを忘れておりましたわ……!」
「あ」
……東一条さんもアルも、服の交換条件を忘れていたらしい。
苦笑しながら色紙を俺が受け取り、アルにペンを手渡す。
「サインって……どういう風に描くの?」
「普通に書けばいいんじゃないかな」
「……私の名前、どうかくの?」
「ああ。スペルはこんな感じで……」
と、少しだけ教えたところで、アルは頷いてペンを走らせた。
……なんだこのバカ綺麗な文字?!
俺の字とは全く違う。気品すら感じる……。
「これでいい?」
「わぁ……! なんと美しい文字ですこと……。ありがとうございますわ! また店に遊びに来てくださいまし!」
それだけ伝えると、東一条さんは走り去っていった。
……あんなフリフリで布が多い服で走って、転ばないのかな。
いや、転んでるわ。じいやさんが駆け寄ってる。
「……うらやましい」
遠巻きにそのやり取りを見つめていた集団が、そんなことをつぶやいて。
一人の少年が「あの!」と声を上げた。
「サイン、僕にもください……!」
「俺の?」
「はい? んなわけないでしょう、白薔薇様のです」
「……」
泣いちゃうか、もう。えーんえーん。
「でも、ただでサインを上げるわけにはいかないよね」
「……いやまあ、そうなんだよね」
「?」
沙樹先輩と俺で頷きあう。アルはよくわかっていない様子で首を傾げる。
何故そのままサインをあげてはならないのか――簡単に言えば、煩わしいのと、あと東一条さんの例があるからだ。
行く先々でサインを求められてそれに応じていれば、主目標であるダンジョンアタックに支障が出る。
あと、東一条さんには”交換条件”としてサインをあげている。サインをタダで渡せば、東一条さんへの不義理にもなると思う。
「さて、どうする?」
「……俺に考えがあります」
「ほむ。いい考えとは?」
「簡単です。――アマネチャンネル登録者限定のじゃんけん大会を開きます」
声高に宣言する俺。これ、完全にMr,Be○stのパクりじゃんね。
■
「みんなー! アマネチャンネルは登録したか~ッ!」
「「「おーっ!」」」
「よろしい! じゃあじゃんけん大会を開催します!」
歓声が沸き上がる。参加者はざっと見ても200人は超えている。
ちなみに流石にダンジョン前でやるのは憚られたのだが……。
「白薔薇様のサインをいただけるのでしたら、わが社のエントランスをお使いいただいても大丈夫です……!」
と進言いただいた会社のシャッチョさんのお言葉に甘えて、会社のエントランスホールを使っている。
お礼にとアルにサインを書いてもらい、ついでのノリで沙樹先輩もサインを書いた。
社長さんは死んでいた。比喩表現だけど。
「俺は嘘が分かるからなーっ! 嘘ついたらその場で失格だぞーっ!」
「……」
「不正する気まんまんやないかーい!!!!!!!」
「「「おーっ!!!!」」」
「そこで一致団結するなーっ!」
全くふざけている。本当に不正したやつがいたらケツに手入れて花火咲かせたろうか。
「周くん、それはシャレにならないからやめておくべきだ」
「……人間にアレやるの?」
「やるわけがないでしょ。俺だって殺人犯になりたくはないよ」
あからさまにほっとした表情をする沙樹先輩。
え、俺のことどんな人間だと思ってる?
「さて、じゃあ初めていきまーす!」
「「「おーっ!」」」
「じゃーんけん……ぽん」
……というのを何回か繰り返し。結果として最後に残ったのは三人。
先ほど前に出てきた少年、迷宮省の職員の女性、かがりさん。
……? なんか今変な人いたな。
もう一度目をこすって……いややっぱ見間違いじゃないよな?
「……なんでここに居るんですか、獅子山かがりさん」
「フルネーム呼びだなんてつれないなぁ。まあ、偶然勝っただけだよ。ちな、さきっちの護衛で来てるよ」
「ああ」
納得したけど、よく今まで気付かれなかったな?!
会場では口々に「獅子山だ……」とかざわめく声が聞こえる。
そらそうよ、国内トップクラスのトラベラーなんだから。
「それと……君、さっきはごめんね。でもここまで来てくれてうれしいよ」
「白薔薇様のサインをもらえるんだったら、どんな汚い手でも使いますよ」
「汚い手?」
「全部ピストルで勝ちました」
「チートじゃねーか!」
じゃんけんで、ありとあらゆる手に勝てる選択肢――それがピストルだ。
もっとも、それが許されるのは幼稚園生まで。認めるわけには……でも嘘はついてないしなあ。
実際勝ってるわけだし……?
「認めざるを得ないのか……?」
「普通に認めなくてもいいと、私は思うのだけどね」
「まぁ、次からはグーチョキパー以外出したら退場にしますか」
よし、とガッツポーズする少年。
次は無いからな。
「……最後に、なんでここに居るんですか?」
「抜け出してきました」
「サボりじゃねーか。……大丈夫なんですか、ここに居て」
「まぁ、どうにかなるでしょう。最悪クビになったら企業で働くのみです」
迷宮省の職員さんってガチエリートだからなぁ。
「あれだったら貴方が雇ってください、事務手続きは任せてください」
「雇いませんしそんな規模感ではありません」
「痛い目見ますよ~」
「何にだよ……というわけでこの三人でじゃんけんします!」
最初はグー、じゃんけん――ポン!
パー、パー、パー。……ポン!
チョキ、チョキ、チョキ。……ポン!
グー。グー、グー。……ポン!
パー、パー、パー。……ポン!
「なんでこんなあいこになる?」
「そう言うこともあるさ、後輩くん」
「あるのかなぁ……」
とはいえ、決着を付けなくてはならないので繰り返すが……。
何回繰り返しても、全員があいこにしかならない。
まじでなんかどっきりでも仕掛けてるのか? と思ったけど、そうでもないらしい。
……このまま続けば、俺もアルもまともに帰れなくなる。
まあ三人だし、ここあたりでいいか……。
「健闘をたたえて……3人にサインプレゼント!」
落としどころやね。
■
少年は泣き叫んで喜び、職員は死ぬ気で働きますと言い去り、かがりさんは「わー」と小さな喜びを漏らした。
その後、俺とアル、沙樹先輩、かがりさんの四人で歩いているのだが……。
「あの、お二人の家こっちじゃないですよね?」
「ああ、その通り。ただいいことを考えた、と思ってね」
「いいこと?」
「まぁ、着けばわかるさ」
そうして俺たちは見知ったアパートに帰ってきた。ちなみにアパートの名前はちみどろ荘だ。
俺とアルが足を踏み入れても何にも起こらなかったが……。沙樹先輩とかがりさんが足を踏み入れた瞬間、地面に穴が空く。
これ、朝に見たやつだ!
「せんぱ――」
「――心配いらないよ~」
沙樹先輩を抱えたかがりさんが、穴の中から三角飛びで出てきた。
……どんな身体能力?
「ここの権利者にはあらかじめ話を通しているはずだが……ほむ。どうやらあまり歓迎はされていないらしいな」
「え? どういうことですか?」
「ふふ、簡単なことだよ、後輩くん」
沙樹先輩はしたり顔で笑った。
「先ほど言ったじゃないか。――迎えに来た、と」
「……え? つまり、まさか?」
「そのまさかさ。私も君たちのアパートに住所を移そうと思ってね」
「え?」
ということは……。
「今日からよろしくね、お隣さん」
「withかがりちゃんもね」
マジですか?
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