34:撃退したらしい
配信を切った俺は、小さくため息を吐いた。
鉄臭くてたまらない。本当に早く家に帰って風呂に入りたい。
そうする必要があったとはいえ、至近距離で爆散するような魔法を撃つべきじゃなかったな。
「おつかれ、アマネ」
「ありがとう、アル。今日はいろいろ教えてくれてありがとう」
「ん。これもアマネがいつか私を超えるときのため」
花の綻ぶような笑顔を見せてくれるアル。……昨日から、アルはこんな感じで笑ってくれる。
今までは少し遠慮というか、わだかまりがあった感じがしたけど……願いを聞いたことによって、アルも心を開いてくれたのかな。
そんな笑顔を見ていると、照れ臭くなるし、うれしくもなる。
……アルを、俺が笑顔にしているんだって。そう思えるから。
「だから――」
「――よう、お二人サン」
背後から声をかけられて、振り向く。
そこには、あからさまにこちらをなめ腐ったような表情で見ている、男性五人組の姿があった。
「なぁアマネチャンネル、”白薔薇”ちゃん、俺たちに譲ってくれよ」
「……貴方たちは?」
「俺たちは中層トラベラーの”紫煙”。よろしくな……ってアイサツしても意味ないか?」
「意味がない?」
俺が問い返せば、男は笑う。……ひどい笑みだ。
さっきアルが見せていた笑みが無下にされてしまったかのような、欲にまみれた笑顔だった。
「お前はここで死ぬからな」
「――ッ!」
振るわれたナイフをとっさに回避できたのは、先ほどかけたバフの効果時間がまだ残っていたからだった。
ただ大きく体勢を崩した俺を、控えていた3人が放っておくはずもない。
俺を羽交い絞めにして、慣れた手つきで拘束する。
……こいつら、以前にも人をこうやって殺してるな。
「さて白薔薇ちゃん、俺たちの言うことを素直に聞くならアイツのことを殺さず逃がしてやるよ」
アルは、静かな瞳で男を見ている。
「ひとつ」
「……あ?」
「ひとつ、思い出した」
アルが、何もないところから杖を取り出す。
青い宝玉が埋め込まれた、壮麗な杖。
グレーターウルフとの戦闘で見たきりだが、あまりにも美しい。
「私は……貴方たちみたいな人が、とても嫌いだ」
杖を静かに構え、男たちを視線で射貫く。
男たちは狼狽するものの、しかしすぐに俺を人質に取る。
喉元にナイフが押し付けられ、鋭い痛みが走った。
「おい、それ以上何かするなら、こいつを――」
「――氷よ」
瞬間、冷気を感じる。
何が起こったんだとみれば、俺を拘束している手が凍り付いていた。
俺が強めに動けば、氷は粉々に砕けた。
「うわあああああああああ! 俺の腕が――!」
『凍てつく夜、銀光を垂らし、遍く静寂を統べる王の御許』
「わ、悪かった、俺たちが悪かった! もう手出しはしないから、許して――」
『万象一切は動を殺し、その無力を知れ。滴水成氷の理よ――”
寒気。気温もそうだが、その体から膨大な魔力が解放される。
……思わず笑いが漏れるほどの、絶大な力。
俺が超えなきゃいけないのは、こんなに強い女の子なんだと――改めて認識した。
「
瞬間、世界は青に染まる。
■
氷でできた宮殿。5体の氷像。
その中心にアルは立っていた。
小さく息を吐き、俺へと手を差し出してくる。
「……大丈夫?」
「ああ……アルは?」
「私は大丈夫」
そう言うなり、ちら、と氷像を見る。
そして、いつもの調子でアルは問いかけてきた。
「これ、どうする?」
「どうって……?」
「殺すか、ここで放っておくか。それとも手足だけ砕くか」
「……」
その権利は、きっとアルにしかない。
迷宮内で襲われた場合、仮に殺害につながったとしても罪には問われない。
ただ、良心が痛むか痛まないかの違いだ。
もし手足を砕いてここに放置しても、中層トラベラーであるならばホーンラビット程度は簡単に処理できる。見殺しにはならない。
ただし、手足を失ったトラベラーが再度復帰できるとは考えづらい。彼らの人生を奪うことになるはずだ。
「……どうする?」
だが、彼らは俺を殺そうとした。だからアルは、俺に聞いてきたんだろう。
……正直、許せないという気持ちが無いわけではない。ただ、殺すとなると……良心が痛んでしょうがない。
いや、良心が痛むなんてかわいい感情じゃない。……殺すのが、怖い。
「放っておいたら、溶ける?」
「ん、溶けるよ」
「じゃあ、放っておこう。写真だけ撮って、こいつらをいつでも社会的に殺せるように準備する」
「……それでいいの?」
「うん、それでいいんだ」
命が奪われようとしたのに、甘いって思われるだろうか。
それでも、俺は人を殺す真似だけはしたくなかった。
せめてさ、顔も知らない両親に顔向けできるくらいの体裁は整えておきたいよねって。
「……そうだ、アル」
「ん、なに?」
「さっき、怒ってた?」
「ん。怒ってた」
冷ややかな瞳が垣間見えたから、なんとなくそうなんだろうなと思った。
「さっきみたいな人たちのこと、嫌いなんだっけ」
「それは、そう。でも、怒った理由は別」
「別なんだ……」
「そう」
そこでふと、金色の瞳がちょっとだけ揺れた。一瞬見えたのは……心配の色かな。
そっと、アルが俺の首筋へと手を伸ばしてくる。わずかに刃が食い込んで血が出ている。
そっと撫でて、上目遣いでアルは問いかける。
「……痛くない?」
「痛いっちゃ痛いね」
「……そう」
すりすりと、首筋を撫で続けるアル。その様子は、まるで本当に大丈夫なのか疑うようで。
俺はほほえましくなって、小さく笑った。
「大丈夫だよ。痛いけど、それだけだ」
「……」
アルは、首筋から手を放した。
そして、今まで出していた杖をしまうと……もう一度俺の目をのぞき込んできた。
「……怒った理由」
「ん?」
「怒ったのは、手を出されたから」
「俺に?」
「……そう。私の大切に、手を出されたから」
それだけだよ、と告げて、アルは背を向けた。
その言葉をかみ砕くのに、ちょっと時間がかかって。
……理解した時、俺は自分の頬が赤くなるのを感じた。
す、ストレートすぎる……!
「その、ありがとう……」
「ん、どういたしまして?」
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