33:血塗れらしい

「……」


「すごい。今度は気絶しなかった」



 えらいね、とアルが俺のことを褒めてくれる。


 嬉しい~けど複雑~……。


 だってさ、今までどうあがいても勝てなかった相手に一瞬で勝ってしまうのってなんかこう、なんか思うところないか……?!


 魔力があるってこういう事なんだな、格差感じるぜ――。



:これが上層トラベラーって本当ですか?

:いや~冗談キツいっす

:白薔薇ちゃんの魔法は落ち着いてる感じだけど、アマネの魔法は派手っていうか……

:派手ってことに違いはない だってコイツの魔法のイメージ、金だから

:これ以上派手なイメージもなかろうて

:でも花火を撃つ魔法ってなんかロマンティックだ

:アマネが居れば花火師いらずってことだな



「ダンジョンの外で攻撃魔法使ったら一発アウトだよ」



 魔力持ちは簡単に人を殺せるからな。特に魔法なんて恐怖以外の何物でもない。


 魔法を地上で使う場合は、迷宮省を含めた国家の許可が必要らしい。


 まぁ、使う事なんてないだろうけど……。



「さて、今日の目的はここまでだったけど……」


「まだ、時間はある」


「そうだな」



 配信開始してまだ30分ほどしか経っていない。流石にここで配信を止めるのは撮れ高が無さ過ぎるようにも思う。


 ……いや、アルのくしゃみが万バズ超えて十万バズに到達してるらしいから、撮れ高じたいは有り過ぎるくらいなんだけどさ。


 めちゃくちゃあけすけに言うと、金稼げそうなタイミングなのでもっと金を稼ぎたい!


 視聴者のカウンターは、流石に下層のダンジョンアタックの時よりかは落ちているみたいだ。それでも3万人は見ている。


 配信者としての基本。それは何と言っても――。



「視聴者を楽しませなきゃな」


「ん!」



 そろそろ”おまけ”から脱出したいしね。









「第二層、初めて来たけどここもやっぱり草原なんだな」



:第二層、ここはウサギ系の魔物が多いエリアとされているよ。素早い動きが必要になる。魔法使いには少し厳しいエリアかな?

:解説の沙樹ちゃん先輩もいますと

:こんなところで解説してるけど、仕事してるのかな……?

:そらお前、沙樹ちゃん先輩のことだからすでに仕事を終わらせているに決まってるよ

:………

:おいこれ終わってなさそうだぞ

:何やってんだお前ェーッ!

:黎明のサボりもいますと



「解説はありがたいですけど、お仕事を優先してくださいね先輩……」


「……アマネ、魔物が来てるよ」



 アルの言葉に正面を見ると、そこにはウサギの額に角を生やした魔物――ホーンラビットがいた。脚の筋肉エグ、重機積んでる?


 どうやらあちらは俺たちに気が付いているらしく、一気呵成に突っ込んでくる。


 避けられない距離ではない。少し大きめに回避すれば、ホーンラビットは先ほどまで俺がいた場所を通り過ぎていく。



「でも動きは速いな」


「ん、今のアマネでは魔法で捉えることは難しそう」


「なら――」



 捕まえて至近距離で魔法を撃つ。それがおそらく、今俺にできる唯一の戦い方だ。


 ただ、動きをとらえるので精いっぱいだ。スピードが早すぎる。


 脚の筋肉が異常に盛り上がっていたのはこういう事か。



「今のアマネだとまだ追いつけない。だから……きょう二回目の授業をする」



 アルはそう言うと、手短に詠唱し氷の壁で俺たちを覆った。


 これでホーンラビットは俺たちを攻撃することはできない。



「今から教えるのは――以前使ってた、すばやさを上げる魔法」



 その言葉に、俺も、コメント欄も息をのむ。



:あれだよな、この世に存在しないって言われてる純粋なバフ魔法……

:正直白薔薇はまだ理解できるけど、バフ魔法に関しては理解できない

:多分”黎明”も白薔薇よりバフ魔法を目的としてるフシあるだろ

:あたりまえだけど、この魔法のあるなしでダンジョン探索の難易度がバカほど変わるから……

:うちのクランにも欲しいぜ……

:バフ魔法についてはぜひいつか話を聞きたいものだ、言い値を払うから私にも教えてくれたまえ



「この魔法は、二つの種類に分かれる。固定値をプラスするバフと、能力に応じて上昇値が変わるエンハンス」


「バフと、エンハンス……?」


「そう」



 わかりやすく説明する、とアルはいつの間にか取り出していた木の棒で地面に説明を書いていく。



「バフは純粋に、すばやさにプラスの数値を乗せるだけ。エンハンスは掛け算」


「つまり、エンハンスは元の数値が大きければ大きいほど、効果量は高くなるってコト?」


「ん。例えばアマネの素早さが10で、エンハンスの効果が1.1倍だったら、11になる」


「そうだね」


「でも、もし素早さが向上して100になったら、最終的な数値は110になる。効果は9倍」



 なるほど。なんとなく概要は理解できた。


 つまり、バフは能力値が低いものに作用させたほうが効果的で、エンハンスは数値が高いものに作用させたほうが効果的、ってことか。


 でもそれなら重ね掛けしたら強くないか? と思ったけど、そううまく話は出来ていないらしい。



「もちろんバフとエンハンスの重ね掛けはできない」


「ですよね」


「あと、エンハンスにはデメリットがある。効果時間が数分しか持たない上に、魔法の発動までに時間がかかる」


「つまり、事前準備が出来るタイミングか……アルを守りながら発動までの時間を稼ぐ必要がある、ってことか」


「そのとおり」



 ただ、上昇値がかなり大きい。決まれば形成の逆転も出来る、強力な切り札にはなるってことか。


 ……まぁ、今の俺にエンハンスされても雑魚に毛が生えた生き物になるだけなんですけどね……。



「じゃあ、まずはバフの使い方から教える……けど、これは本当に同調が必要」


「なるほど。どうしたらいい?」


「こうする必要がある」



 それだけ言うと、アルは俺に抱き着いてきた。



:おい

:配信中だぞ

:何やってんねんモンスターの前で

:アマネの顔真っ赤過ぎる かわいいね

:なんで抱き合う必要があるんですか(真顔)

:こーれユニコーンたちが黙ってません

:スレッド実際大荒れだからなw

:草 何を夢見てるんだアイツらは



「……アル、何を」


「集中して。私と、呼吸を合わせて……」


「お、おう」



 吸って、吐いて。アルの言葉通りに、呼吸を繰り返す。


 とくんとくんと、アルの鼓動が感じられるようになって。


 アルの奥底にある、魔力っぽい何かを感知する。


 ……思わず震えた。なんだこの魔力量、デカすぎる……。



「今から、魔力のうごかしかたを直接教える。しっかりと感じて」


「……うん」



 ふと、アルの中で何かが動いたような気がした。


 それはアルの体をゆっくりと流れ、血に混じる。


 血に魔力を混ぜるときのクセというか、独特の感覚。確かにこれはこうでもしないと説明できない。



「……感じた?」


「感じた。流石にこれはこうでもしないとわからないな」



 そうだね、とお互いに笑いかける。どちらからともなく離れて、俺は目を閉じる。


 俺の体の底に眠る魔力を感じ……動かす。魔力を血に溶かし込んで、溶かし込んで……唱える。



敏捷強化アジリティ・アップ



 瞬間、俺の体は羽のように軽くなった。


 流石にアルに唱えてもらったときほどの軽さは感じないが、それでも天と地ほどの差がある。


 シャドウウルフと切り結ぶにはかなり難しさを感じるが、グレーターウルフくらいなら倒せそう。



:成功しやがったぞ

:今の儀式で何が分かったっていうんだ……

:うらやまけしからん

:でも、これでアマネにもバフは使えるようになったってことだろ?

:急にアマネの価値が上がったな

:……とはいえまだ白薔薇ちゃんのおさがり。アマネは何者になるんだろうな



 コメント欄を見て、確かにと俺は思った。


 確かに、俺は今のところアルのおさがりをもらってばっかりだ。魔力にしても、魔法にしてもそう。


 唯一俺由来のものがあるとしたら、それはあの花火だけ。


 そのことは肝に銘じなければならない。……いつかアルを超えるなら、これだけじゃダメだってことを。



「……じゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃい」



 瞬間、氷の壁が解除される。ホーンラビットは俺のことを警戒していたようで、解除されるなり突貫してくる。


 俺はそれを見てから、半身をずらすことで回避。そのままかかとを使って遠心力で回転。


 たった今通り抜けたホーンラビットの後ろ脚を――掴む!



:なんだ今の動き

:これがバフ魔法の恩恵か……

:すごいな、さっきまで大振りな回避しかできなかったのに

:武器持ってれば今ので終わってたな

:うーん、上層トラベラーとは?

:考えたら負けだわ、それは



 脚を掴まれたホーンラビットはじたばたと抵抗するが……もう遅い。


 俺は手早く詠唱し、手のひらで花火を瞬かせる。



「……咲き誇れ――灼華ファイア・ブルーム



:あ、おい

:そこで魔法使ったら

:あーあ

:またか^^;



 ドパン! と水気を含んだ音がしたと思ったら、ぴしゃりと顔に何かが張り付いた。


 なんだこれ、と思って拭ったら……滅茶苦茶赤黒かった。


 あ。これやったかも。


 手の中のホーンラビットを見れば……そこにホーンラビットらしき何かがあるだけで、原形をとどめてはいなかった。


 こう、なんだろう。肉の塊みたいな感じの……。



:うあああああああああああああ

:やめろって、本当に心臓に悪いよ

:凶悪過ぎるよ

:その魔法封印しろよマジで

:グロのアマネだ

:そんなんだから血塗れのアマネって呼ばれるんだよ

:少し考えて魔法撃ったら?

:グロいよおおおおおおおおおおお

:迷宮省もあきれて声明文出してるぞ

:対応早すぎるよ



「……おっしゃるとおりです」


「でも、血塗れのアマネもかっこいい」


「ありがとう……」



 なんだか俺は気落ちしてしまった。


 ちょうど配信時間もいい感じだったので、挨拶して配信を切り、ダンジョンアタックも一度切り上げた。


 お風呂入りたい……。


 もう二度と、至近距離で魔法は使うまい。そう決めた瞬間だった。


 ……いや、多分というか絶対、至近距離で使うことにはなるだろうけどね!


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