29:服をもらえるらしい

「――才能を、越える」



 それは、並大抵のことではないと思う。


 才能がどんなことを指すのかは解らないけれど、つまりそれは……アルに勝てるようになってほしいってことだろ?


 今の俺とアルの差がデカすぎて、勝てそうには思えない。



「できるかな」


「できるよ」


「そっか」



 でも、他の誰でもないアルがそう言うなら、きっと勝てるはずだ。



「……アルの願い、確かに聞き届けたよ」


「それじゃあ……」


「うん――俺は、君を超える」



 俺の言葉に、アルは満足げに頷いた。


 とろりとした瞳の奥にある、なにかどろりとしたものが、いつの間にか消えていた。









 次の日。


 いつの間にか寝ていた俺の腕を枕にして、アルが眠っていた。


 本当にビビり散らかしたが、あんまりにも安らかな寝顔だったので、軽く頭を撫でて俺も二度寝としゃれこんだ。


 ……見事に寝坊した。



「アマネ、今日は何する?」


「今日は……とりあえずアルの生活必需品を購入してからダンジョンに向かおうと思う」



 ダンジョン付近には様々な店が立ち並ぶ。


 ここあたりとは違い人は多いが、住所がバレる心配はない。


 最悪囲まれたら沙樹先輩に相談してしまえばいい。黎明の力を借りれば脱出することもできるだろうし。



「というわけでレッツゴー」


「おー」



 ……と、意気込んだはいいものの。


 やっぱり住所特定されてるよね、これ。


 ちら、とみれば。外には数人の男女がたむろっている。


 和気あいあいと話しているところを見ると、おおよそ勧誘といったところか……?



「どうしようか……」



 もうこの際アルに迷惑がかかるのはいい。俺がアルに降りかかる迷惑をすべて受け止めればいいわけなので。


 ただなぁ、サラに迷惑がかかることはあんまりよろしくないよな。それだけネックだ。


 ……そんなことを考えてたら、DSデバイスが通知を鳴らした。なになに……?



『住所特定されてもボクはモーマンタイなので、気にしないでね。ちなみにガチで住所割れてるからそれだけ気を付けて! サラより』



 住所やっぱりバレてるのか……。にしても気を遣わせてしまったな、気にしないとは言ってくれているが……。


 まぁ、たまには友達の背中を借りるか。



「……買い物行くか」


「ん」



 こくりとうなづいたアルと一緒に部屋を出る。


 すると、談笑していた男女混合パーティーが「あっ」と声を上げた。



「”白薔薇”ちゃんだ!」


「うちのパーティーに入ってください!」


「もっといいところに住みたくないか?!」


「何ならそこのおまけくんも一緒に!」



 口々に勧誘の言葉を発しながらアパートに近づいて来ようとして――いきなり地面に空いた穴に落っこちていくパーティーの方々。


 ……何が起きてる?



「アマネ~セキュリティ強化しといたから安心してくれてもいいよ~」


「サラ、何をしたんだよ……」


「ちょっといろいろ改造をね」



 改造……というか、そんな大事なこと、他の住民には――。



「あ、他の人たちはすでに退去の交渉をしてるよ。全部円満解決。ついでに土地も買い上げたから、ここはボクの権限でなんとでもできちゃう場所さ」


「わぁ」



 金持ちってすごいんだな。



「だから、これからもここに住んでもいいよ。多分誰も入ってこれないだろうし」


「……」



 深くは考えないようにしよう。なんか考えたら負けな気がするし。


 深く考えないのであれば、サラは俺とアルのためにこんな風にしてくれたんだ。


 ありがたく思いこそすれ、これをやっかむ気持ちなんてどこにもない!



「サンキュ! いつか返すからな~!」



 どんどん集まってくる人を置き去りにして、俺とアルはダンジョン地区へとダッシュした。









「……まさかバフかけないと振り切れないとは」


「ん、速かった」



 俺は上層トラベラーだけど、追っかけてきた人たちって中層トラベラーメインだったよな……?


 まぁそれだけアルの能力が魅力的、ってことなんだろうけどさ。


 これで上層トラベラーが中層トラベラーを撒くことができる強化スキルってことになってもっと人が来そうな感じがする。



「……さて、目的地にたどり着いたわけなんですが」


「ここ、なに……?」


「アル。ここから先は、俺には荷が重いんだけど……やっぱりついていかなくちゃいけないよな?」


「お金の使い方、知らない」



 そうですよね。分かってはいましたとも。


 でもさ、でもさ。ランジェリーショップに男が入るのってめっちゃ勇気必要じゃない?!


 見てよ店の外にいるだけでもこんなに視線があるんだからさ……!



「……あの、もしかして”白薔薇”様ですか?」


「……? 私?」


「ああ、その金色の瞳! まさしく”白薔薇”様ですわ! わたくし、貴方のファンですの!」



 ランジェリーショップから出てきた、金髪縦ロールのコッテコテのお嬢様が、アルを見つめて恍惚とした表情をしている。


 ……まさかのファンとの会話第一号がこんな濃いキャラの人とだとは思わなかった。こう、もっと無味無臭みたいな人から慣らしていく予定だったのに!


 しかしアルは彼女と話すことを躊躇しない。



「……ありがと?」


「ええ、これからも応援していますわ! ……それで、ここで何をされていらっしゃいますの?」


「実はさ、着替えを持ってないらしくて」


「まあ」



 俺への疑いの目が、納得の色を帯びる。やっぱり変態くらいに思われてたんだ……とショックで寝込みそうだった。


 でもまあ仕方がない。常識がある人であればそう言う風に思うほうが妥当だろう。


 常識といえば目の前のこの人。恰好や口調はともかく、人となりは結構よさそうだ。


 ……頼んでみるか?



「お名前を聞いてもいいですか」


「申し遅れましたわ、わたくし――東一条ひがしいちじょう清香きよかと申しますわ」


「え?」



 名前と見た目のギャップエグいんですが?



「え、えーと。東一条さん。貴方をいい人だと見込んでお願いがあるんですが……」


「はい、なんでしょう」


「アルの服や下着を、見立てていただけませんか……?」


「ぜひお任せください1から100まで全部お任せください東一条の名に懸けて最高のコーディネイトをさせていただきますわ」


「あの、予算はこれくらいで――」


「――ばあや! この方をお店にお連れして!」


「あの予算は――」


「――うるさいですわね! お代は結構ですのよ!」



 勢いで押し切られてしまったが、タダは流石に……!


 何か裏がありそうな気がして気が収まらない。


 というか店からなんか使用人っぽい人が出てきたけど、この子いったい何者だ?!



「ああ、ご心配なさらず。あのお店……というかここあたりのファッション店は、すべてわたくしの系列ですの」


「はい?!」


「東一条の名前をご存じないようね! 白薔薇様を丁重におもてなししている間、貴方もおもてなしを受けてお待ちなさい!」


「え?」


「じいやー! この方をお店でもてなしてさしあげなさい!」



 え?


 困惑してる間に話が進み過ぎているけど、いったい何が起こってるんだ?


 アルが心配そうにこっちを見ているが……。



「……本当に信じていいんですか?」


「ええ! ただ、無料で衣服をお渡しするので、その代わりに一つお願いがありますの……」


「……」



 やっぱり対価があるクチか。


 アルの手を引いてその場から離れようとして――東一条さんは「お待ちになって」と俺たちをやんわりと止めた。



「その。そんな過度なお願いはしませんの……」


「じゃあ、何を要求するんですか?」


「……その、その」


「……」


「――白薔薇様と、握手をさせていただきたいのですわ~!」



 ……ずいぶんとピュアなお願いだった。


 アルをチラ、とみると……彼女もちょっと拍子が抜けたようだった。



「アルさえよければ、なんだけど」


「……ん。問題ない。服をもらえて、握手だけだと申し訳ない」


「じゃあ……サインとかしてあげたら?」


「わかった」


「サインまでいいんですの~~~~~~~~~?!?!?!」



 結構うるさいな、この子。




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