28:才能
ご飯を食べ終え、満腹となった俺たち。
時刻は22:00を回り、夜が深まっている。
3月に入っているとはいえ、まだまだ肌寒い。
外で風が吹くたび、冷たい風が部屋の中に吹き込むこともあって……俺たちは耐えていた。
ストーブなんて高価なものはないし、上に着るような服もないのだ。
「……寒っ」
「アマネ、寒いの?」
「アルはどうなんだ?」
「ふつう」
平然だ。本当に寒くはないらしい。
確かに、アルに貸した外套は結構厚めの生地が使われている。
アレを着ていれば、この程度の寒さならしのげるだろう。
……流石に女の子の体を冷やすわけにはいかない。それくらいは知っているので、俺は耐えるほかないのだ。
「……アマネ、体冷やすのはダメ」
「別に大丈夫だよ、これくらい。俺は結構ほら、頑丈だから」
じゃなきゃ、一人で生きてない。生きていけてない。
アルを安心させるように笑って見せる。ほら、俺は大丈夫だぞ、って。
でも、アルはそんな俺の表情がお気に召さなかったらしい。少しだけ頬を膨らませて、俺の右手を両手で包み込んだ。
「……冷たい」
「まぁ、冷たいだろうな」
「これ、着てほしい」
外套を渡そうとしてくるアルに、俺は首を振った。
「それはアルが着ててくれ。流石にアルが体を壊したら、申し訳ないし」
「……それは、私も同じ」
「と、言ってもなぁ」
現状お金がいつ入ってくるかわからない。
今後の食費や、アルの着替えなどのことも考えれば……上に羽織るものを買う余裕はない。
「俺は慣れてるから。アルが着ててくれ」
「……気になってた。なんでアマネは、そんなに独りに慣れてるの?」
「ああ……」
隠しているわけではない。言わなくてもいいことだ、ってだけだ。
……話して何かが変わるわけでもないし、誰かを不快にさせたらむしろマイナスだから話さないだけ。
「聞きたい?」
「……うん」
「簡単な話だよ、俺は両親を亡くしてるんだ」
ダンジョンから溢れてきた魔物が、人を殺す。そんなに珍しくもないニュースだ。
俺の両親が死んだ事件だって、月並みな悲劇だとニュースは言ってた。
だから、俺は悲しいっちゃ悲しいけれど……そんなに悲観してちゃいけない、って思った。
だって、両親が死んだ原因がありふれてるんなら、俺みたいな悲しみもありふれてるってわけで。
俺よりももっと悲しんでるやつが無限にいるんなら、俺は悲しんじゃいけないんじゃないかと思ってた。
「……ごめん」
「気にしてないよ。ありふれてる悲劇だからさ」
もっかい、笑って見せる。
……俺は嘘っぽい笑顔を相手が浮かべたら、すぐにそれがわかる。
何故かって、俺がずっと嘘っぽい笑顔をうかべてるからだ。
きっと今浮かべてる笑顔も、嘘っぽい笑顔なんだろうな。
「だから、生まれてこの方俺は何でも一人でやってきた。親戚は俺のこと、簡単に捨やがってさ」
「……子供のころから、ずっと一人で?」
「ん? そうだよ。ずっと一人で生きてきた」
それ自体に悲観はない。それが当たり前だった。
「だから、俺は寒いのにも、暑いのにも耐えてきた。一人で。慣れてるって言うのはそう言うこと」
「……」
「だから、その外套もアルが羽織っててよ」
これくらい、真冬の公園で過ごしてた時よりかは百倍ましだ。
また笑顔を浮かべようとしたその時。アルが、俺をぎゅっと抱きしめてきた。
突然のことに驚いていると、アルは小さくささやいた。
「アマネは一人じゃないよ」
「……」
「私が、私がもう、独りにはさせない」
ぎゅ、と。抱きしめる力を強くするアル。暖かい肌が俺のそれに触れて、まじりあっていく。
アルのにおいと、温度と、柔らかさと。そのすべてが、俺を包み込んでいた。
……とてもうれしい言葉だったし、うれしい行動だった。でもそれを、心の底で俺は受け入れられなかった。
きっと命令されても、俺はアルを抱きしめ返すことをできない。……心の底で、俺はそれを拒んでいるのだから。
「……うれしいよ、ありがとう」
「アマネ……。やっぱり、出会ってばっかりだから、私の言葉は信じられない?」
「……。信じられないっていうか、多分怖いんだと思う。今まで一人で生きてきたから、誰かに否定されるのが」
一人でいるのは、寂しい。
でも、独りでいれば、否定もされない。
孤独は悲しくもあり、どこか優しくもある。
「アルが俺を否定するとは思ってない。でも、明確な証拠がないと俺は信じられない」
金が欲しい理由も、それだ。
愛とか友情とかは形が無くて不安定だけど、金であれば形があって安定している。
金があれば生きていける。生きていけるって尺度が、形としてある。
「だから、ごめん。アルのせいじゃないんだ」
「……うん。わかった」
アルはそれだけ言うと、俺から離れていく。そして、真正面に座ったかと思うと、両方の俺の手を取った。
紋章を撫でると、淡く光る。剣と若木、俺とアルの願いがこめられている。
「アマネ。私がどんな願いを、この紋章に込めたか、言ってなかった、よね?」
「……うん。聞いたことないね」
「私も、多分寂しかったんだと思う」
とつとつと、アルは語り始める。
「記憶もないし、ここがどこか解らない。ただ解っていることは、魔法使いは使い魔を連れていた、ってことだけだった」
「……」
「だから、使い魔を召喚した。もちろんそうするべき、っていう認識があった。でもそれ以上に……私は”味方”が欲しかった」
……確かに、使い魔はこれ以上ない味方になれる。
叛意があったとしても、ご主人様にあらがう事が出来ない。
ルールという名前の鎖でつながれている以上は、絶対の味方だ。
「だからアマネが見えたときは、うれしかった」
「味方が現れたから?」
俺が問いかければ、アルは首を振った。
「使い魔は、意思があれば紋章を宿せる。だから、私の願いも、貴方に預けることができるって」
「願いを、預かる……」
「叶えてくれなくてもいい。気づいてくれなくてもいい。ただ、私の心からの想いは、紋章という形で、アマネに残るから」
「……明確な、証拠として?」
俺の問いかけに、アルは首肯した。
「アマネの願いは、きっと……強くあり続けること。若木は、成長のシンボルだから」
「……それじゃあ、剣――アルの願いは?」
「剣は反抗、抵抗、立ち向かうことのシンボル。抗って欲しい、立ち向かって欲しいって」
「……意味が解らない。何に立ち向かって欲しいんだ?」
アルはそこで、俺の目を見た。
そこにはいつもの柔らかさはない。真剣そのものの瞳だ。
はちみつ色の瞳の奥には、どろりとした何かが巣食っているような、そんな気がした。
アルは微笑んだ。本当の笑顔だ。嘘ではない。
「――私に」
「……アルに?」
「ん。私というか……私が象徴するものに」
「象徴とするもの?」
アルは小さく頷いた。
「私は、神様から与えられた能力がある」
「神様から……使い魔みたいな感じで?」
「ん。私の願いをアマネが受け取ったように。神様の”こうあってほしい”という願いを、私は受けている」
「……どんな願いを?」
問えば、アルは目を閉じる。
握っていた手は、強く俺の手を握りしめた。
……話すのに勇気が必要な内容なんだろう。
「怖がらないでほしい。逃げないでほしい。そんな気持ちに、抗って欲しい」
「……逃げないし、怖がらない。俺とアルをつなぐ、確かな形があるなら……俺はアルから逃げたりしない」
「ありがとう……」
俺がアルの手を握り返せば、アルは意を決したように、口を開く。
「アマネの紋章に宿した願い。それは象徴する概念への反抗」
「私が神様から授かった恩寵は、”才能”」
「願いは。”アマネに私と並び立つ存在”に……いや、”越える存在になってほしい”。つまり――」
「――君の可能性で、
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