24:契約成立らしいの2

「5……?! え、何がどうなって……?!」


「何がどうなって、といってもだね。君たちに投資する額としては少し足りないかな、とまでは考えているのだが」



 こちらを見ながら「どうだね」と聞いてくる沙樹さん。


 いや正直めっちゃ飛びつきたい。飛びつきたいけど、滅茶苦茶条件良すぎて逆に怖い!


 何5億って? 50万とかじゃなくて?! 飛び過ぎて規模感わからないんですけど……。



:アマネ金額デカすぎて困惑してて草

:まぁそらそうよ、金にいかにも困ってそうだし

:でも5億ってw そらびびるわ

:沙樹ちゃんに5億貢ぎたい……

:変なオタクも居ますと



 コメント欄もざわついている。この場にいる人間の殆どが聞きなじみのない数字だし、そりゃそうか。


 え、てかどうする……? これ受けたほうがいいのか……?


 5億あれば流石に何でもできる。国を買うこともできるかもしれない。いや流石に無理か?



「ちなみに、具体的に俺たちは何を……」


「そうだね。実際には契約書を作ってからになるだろうけど、”白薔薇”ちゃんの魔法についての研究への助力がまず1つ」


「最初から興味あるって言ってましたもんね」


「ああ。それと……キミだ」



 ……俺?



「私と比べてもそん色ない魔力量。先日まで魔力を持っていなかった人間だとは思えないほどだ」


「……そんなに、ですか?」


「ああ。今の君ならば、普通に”黎明”に所属することも可能だろう」



 だから勧誘に来たのかな、なんて思ったけど……あれはそもそもアルジェントを誘いに来ただけだった。


 じゃあ、もしかして俺も強くなってるってことなのかな。いや強くなってはいるんだけどさ。


 日本一のマジック・キャスターにそんなこと言われたら調子に乗りそう!



「だが、私はそれを良しとしない」


「……何故ですか?」


「簡単なことだ。……私以外にも、君たちを独占したいと思っている構成員は何人もいる」



:ヒエッ

:こんな美ロリにならまだしも、マッチョマンなんかに拘束されたかねぇな

:おい、まだマッチョマンに拘束されると決まったわけじゃないだろ、お姉さんもいるかもしれないだろ

:非常な現実、黎明の構成員のうち、マジック・キャスターの九割は男だ……。

:終わっています、コレ(昇天)

:お亡くなりあそばされました。次の彼に期待しましょう

:つまり、今ここで”黎明”に加入されたら、他の男に取られちゃうからイヤ!>< ってコト?

:かわいいね



「コメント欄にかかれている通りだよ。だから、私は君を”黎明”から遠ざけつつ、だけどパイプは持っておきたい」


「独占したいから、ですか」


「それもそうだけど……。こうして話しているうちに、君たちに興味を持ったんだ」


「興味?」


「ああ」



 沙樹さんに配信を一瞬だけ止めるようにと耳打ちされる。


 何のために、と思ったが、どうしても聞かれたくない話があるようだ。


 視聴者にひとこと断って、配信の音声と映像をいったん止める。



「……黎明の副クランマスターっていう役職は、想像以上に他人に重圧を与えるものらしい」


「まぁ、それはそうでしょう」


「だからこそ、こうして話せる相手がいないんだ。私はね、アマネくん。……気兼ねなく話せる話し相手が欲しいのだよ」


「はあ?」


「ば、馬鹿らしいと思うだろう? だが私とて花の女子高生――。会話に興じたりもしたいのだよ。だが。黎明の構成員は私のことを怖がるし……」



 が、と。俺の両の頬を手で挟み込む沙樹さん。


 不安そうに揺れる瞳が一瞬見えて、なんだこの人、って思った次の瞬間には抱きしめられていた。


 は? え?



「後生だよ~。後生の頼みだよ~……。私の話し相手になってくれよ~」


「え、ええ……」



 困惑するが、無視するわけにもいかない。


 救いを求める様にアルジェントへ視線を向けるが、アルジェントは不思議そうに首を傾げるのみだった。



「……話し相手がいないのは、悲しいこと」


「アルジェントさん?」


「話し相手になるくらいなら、全然大丈夫」


「おお、君は許可してくれるんだね”白薔薇”くん!」



 俺から離れて、アルジェントに抱き着く沙樹さん。


 突飛な行動に驚かされてばかりだが……その感情を、俺は無視できない。


 何故かってそりゃ……俺も同じ気持ちを抱いていたからだ。


 配信は金のためとはいえ、流石に1人でずっと続けていれば考えることもある。誰かと話せればもっと楽しいよな、と。


 つまりは寂しいのだ。誰かと話せない状況とは。



「……まぁ言いたいことは解ったし、気持ちもわかる。俺としては、話はぜひ受けたいと思う」


「本当かいアマネくん!」


「アルもそれでいいか?」


「ん。問題ない」



 サムズアップ。いつそんな仕草覚えた?



「じゃあ、5億円をキミの口座に振り込んでおくよ。キミの口座を教えてくれ、アマネくん」


「いきなりすぎる! というか5億円もはいったら怖い! ありがたいを通り越して怖い!」


「そうかい。じゃあそうだな……DAスポンサー契約でも結ぶ、というのはどうだろう」



 ダンジョンアタックスポンサー契約。それは、迷宮省を通して特定の冒険者へと後援を行う事だ。


 個人間で行われるスポンサー契約と違って、迷宮省を通す関係上審査が厳しい。


 だが沙樹さんほどの存在であれば確実に通るだろうし、迷宮省を通すなら信頼性も確保されている。


 別に個人契約してもいいんだけどね、と沙樹さんは言っているが……。


 これを出すあたり本当に俺たちに怖がられないように配慮をしているところがあるようだ。



「……しばらくの間は、それでお願いします」


「ああ。それでは後日書類を持参しよう」


「よろしくお願いします」


「それと……これは依頼ではなく、あくまでお願いベースだが」



 ん、なんだろう。


 沙樹さんはアルの膝の上に座りながら、俺を見てきた。



「私とのお話も、”白薔薇”くんと同じようにフランクにしてほしい」


「……なるほど」



 うつむき加減で上目遣い。小動物のような見た目も相まってとてつもない破壊力だ。


 これで俺の年上なのか? 本当に???



「……わかりました。いや、わかったよ、沙樹さん」


「ほむ……その呼び名もどうにかならないかね」


「え? じゃあ……沙樹先輩、って言うのはどうでしょう」



 俺がそう呼ぶや否や、首を大きく縦に振る沙樹先輩。


 大変にお気に召したらしく、かみしめる様に「先輩……先輩」とうわごとのようにつぶやいている。


 ……これで話は一件落着って感じかな。



「そろそろ配信再開してもいいですか」


「ああ、問題ないよ、後輩くん!」


「じゃあ、再開しますよ」



 変わった呼び名に関してはいったんスルーして、配信を再開する。



:おい、いつまで放送ほったらかしにするんや

:ついたぞ

:ついたな

:白薔薇ちゃんのお膝の上にロリが座ってる!

:かわいい~

:滅茶苦茶絵になるな

:やっぱ野郎より美少女よ

:でもなんでこんな上機嫌なの、沙樹ちゃん

:何かあったんやろなぁ………………………………

:ヌッ(即死)

:百合に挟まるな



「挟まるも何も百合じゃないだろ」



:黙れ

:次口開いたらBANされると思え

:本当に減らない口だ^^

:お前だけ良い思いしとるな 処すか

:オフ会やね ニートも社不も全員出動や

:参勤交代?



「それで、話し合いがまとまったんだけど……正式に沙樹先輩にスポンサー契約をしてもらうことになった」



:呼び名代わってないか?

:お、処刑か?

:好きな処刑を選んでね!

:フルボッコだドン!

:まさかニコニコ顔なのってこれが影響してるんじゃ……

:沙樹ちゃんかわいいね

:沙樹ちゃん流石に絡む人は選んだほうがいいよこんなネアンデルタール人みたいな顔面の男と絡まないでお願い

:妙に知識人なユニコーンもいますと



 とてつもない悪口が見えたような気がしたが、気にしない気にしない。


 俺へとヘイトが向いているのはいつものことだ。それでチャンネルが盛り上がるならそれは大変に良いことだと俺は思っているので。


 ともかく。



「今日の目的は達したので、配信はここあたりで終了します」


「ああ。視聴者の諸君、いきなり彼をここまで連れてきて悪かったね」



:問題ありません

:まさか”黎明”の中を見れるなんて思ってもなかったからこっちこそありがとうだ

:沙樹ちゃんかわいいね、かわいいかわいいね

:最大詠唱ニキも居ますと

:白薔薇ちゃんとの絡みよかったです、次回以降もこの男をカメラマンにしてからんでくれると嬉しいです



「それではアマネチャンネルのおまけ担当、アマネでした」



:自覚できててえらい

:チャンネル名いよいよ変わる瞬間かもしれない

:でもどうするよ、これでアマネが病んで配信が終わったら

:そのときは……えどうしよう白薔薇ちゃん見れなくなっちゃうじゃん

:もちろんだがリア凸は死刑です アマネのことを大切にしよう 白薔薇ちゃんのために

:白薔薇ちゃんのために!



「ダメージかえってデカくなってて爆鬱、顔無い。チャンネル登録、通知も入れといてもらえると助かります」



 おまけ呼ばわりされることに少しのむなしさを覚えつつ、俺は配信を切った。










「今日は引き留めて悪かったね。それと、これは契約の前金だ。受け取ってくれたまえ」


「前金?」



 差し出された封筒を受け取り、中を見る。そこには1万円札が10枚入っていた。


 え? 何この大金。家建てれますよね、これ。無理だけどね。



「後輩君が生活する分には問題ないと思うが、アルが生活するうえではいろいろと入用だろう。とりあえず持っていくといい」


「ありがたいけど……大丈夫なのか?」


「これくらいなら問題ない。私は日本一のマジック・キャスターだからな」



 えへん、と胸を張る沙樹先輩。当然だがそこに起伏はない。



「また会おう、後輩くん!」



 暮れてゆく夕日をバックに、先輩は大きく手を振って俺たちを見送ってくれる。


 俺たちはそれに小さく手を振りながら、黎明を後にしたのだった。


 

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