25:勝手に心に巣くうらしい
「金の重み……エグいな……」
「……? 軽いよ」
「精神的な話であって、物質的な話ではないんだよ、アルさんや」
首を傾げるアルジェント。よく理解していないようだから、ここあたりで薫陶を授けてあげましょう。
縦型授業すた○んとん。
「お金は大変にありがたいものです。10万円といえば、俺の入学金の10分の1という金額ですが――これがあれば、アレが出来ます」
「アレ?」
「アルには約束通り、日本が誇る激ウマ料理を食べさせて差し上げましょう」
「……楽しみ」
言葉少なだが、はちみつ色の瞳を輝かせて喜びをあらわにするアル。……外套で姿を隠しているが、それでもなお可愛すぎる姿に人々は振り返る。
これは……騒ぎになったらまずくないか?!
身バレはいつかするものだとは思うけど、流石にセキュリティもクソもないアパートで身バレしようものなら、死が確定する――!
「アル、走るけど大丈夫?」
「ん」
アルは小さく頷いて、手を差し出してくる。
その手の意味が一瞬理解できなくて。アルの瞳を見て――こちらを見て、ゆるりとはにかんだ。
瞳が語っている。アマネに全部任せるよ、って。俺の手を彼女の細くて小さな手に乗っければ、アルはやんわりと握ってきて。
俺はそれを握り返した。
「……ありがとう」
「お礼を言われるようなことは、してないんだけどなっ……!」
アルの手を引きながら、こちらへ寄ってくる人たちを撒いていく。
撒いて撒いて……ようやく家にたどり着いたときには、すでに時間は夜に差し掛かっていた。
■
「……ご飯食べそこねた」
「お腹すいたよな……俺もだ」
家にご飯の備蓄は存在しないので、本当に俺たちはロクにご飯を食べることができない。
おまけにアルの位置が配信でバレてしまったこともあり、今表に出てしまえば俺だけではなくアルにまで何かの危害が及びかねない。
俺だけに被害が及ぶならいいけど、アルやサラにまで被害が及んだら申し訳ないからな……。
「とはいえ、外に出れないとなると……」
やれることは、一つ。
先ほど沙樹先輩に貰った札束を握りしめて、俺はDSデバイスを起動させた。
そしておそらく一生見ることはないと思っていた注文画面を開いて、一つのミスも許されないような気持ちで、デリバリーの注文を行った。
……まさか、こんな経験が出来るなんて思ってなかった。
「……沙樹先輩に感謝だな」
「……? うん」
「これから料理が運ばれてくるから、それまでちょっとだけ待機だ。今日は疲れただろうし、眠かったら寝ててもいいぞ」
「ごはんは?」
「届いたら起こすよ」
食事が待ちきれない様子のアルに、俺は思わず笑みを漏らす。
普段何を考えてるかよくわからないのに、ご飯を食べたい瞬間はとても分かりやすい。
そんなアルの言葉をほほえましく思っていると、ふと組んでいたふとももに何かが触れる感触がした。
何かと思って見れば、そこには白い手が添えられていた。
「どうしたんだ、アル?」
「アマネ。膝枕してほしい」
「……いきなりどうした?」
アルは俺の問いかけに首を振る。いきなりの言葉に正直驚いているが、それよりも何故そんなことを言い出したのかが気になった。
「どこで聞いたか、わからないけど。でも、膝枕はいいものだって聞いた」
「……俺は別に構わないっていうか、俺なんかでよければって感じだけどさ」
アルはいいのか、と聞こうとして。
とす、と軽い感触が太ももに落っこちてきた。
わ、と驚いてDSデバイスを落とそうとするが何とか掴み、眼下に広がるトンデモ光景に思わず視線を奪われる。
「……ふふ。筋肉で、硬いね」
「お、男の膝枕なんてそんなもんだろ……。これでいいの?」
「……ね、このまま寝ていい?」
とろりととろける、はちみつ色の瞳。
前髪が垂れてきて、まるで月の光をカーテンが遮るみたいに、瞳の色を覆い隠した。
どんな瞳でこっちのことを見ていたかなんて、俺にはわからない。女の子と接した経験がないどころか、こんな美少女を膝に乗っけるなんて経験もしたことが無いのだから。
でも、なんとなく。寝ていい? なんて疑問形で問いかけながらも、実際命令に近かった。
だって、アルの頭を膝上から退けることなんてできないから。
「いっそ命令してくれよ」
「しないよ。私がしてほしいと思って、アマネがしてもいいよ、って思ってくれたことを、私は大事にしたい」
「……そっか」
必死に頬が赤くなるのを隠して、そっぽを向く。
金色の瞳が、俺の顔を見ていませんようにと願う。
見られてたら、恥ずかしいから。
「いったんおやすみ。アルジェント」
「おやすみ、アマネ」
……試しに、アルジェントの頭を撫でてみる。興味本位で、指に髪を通して……その柔らかさに驚いた。
絹のような、とか。そんな頭がよさそうな表現をたまに聞くけど、本当に女の子の髪の毛って絹みたいに柔らかくてなめらかなんだ、と思った。
それに、なんだかいいにおいがする。シャンプーは俺と同じものを使っているはずなのに、何倍もいい匂いがする。
す、す、と。髪に指を通すたびに、アルの表情はどんどん柔らかくなっていって……やがて眠りに落ちたらしい。太ももに感じる頭の重さが、少しだけ増した。
「本当にかわいいなぁ……」
いままで思っていた言葉を、ふと口にして気が付いた。
まだ出会って数時間なのに、どうしようもなく募っていく気持ちがあることに。
その気持ちの正体が何なのかを俺は知らないから。きっとその言葉を表に出さない限りは、確認することなんてできそうにもない。
もし、もし面と向かってその言葉が言えるようになった時。その時、本当に初めて。
アルと俺は、対等になれるような……そんな気がする。
「……なんなんだろう。本当に。狂っちゃったのか。俺は」
むしゃくしゃする頭を掻きむしって。
それでもアルが起きないようにと気を付けて、小さく悪態をついた。
……デリバリー到着のチャイムが鳴るまで、俺はただただアルを撫で続けていた。
ごまかすみたいな、そんな感じの気持ちで。
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