21:底辺ダンジョン配信者、ジョブチェンジするらしい。


「……アマネ?」



 こてん、と首を傾げるアル。その所作に水が僅かに跳ねて、頬に当たる。


 そこから滅茶苦茶いい匂いがするような気がしてきた。どんな効果があるというんだろう。


 美少女が入った風呂の水とか、倫理的にダメだろ。でもこれはやむを得ないから仕方がないよね。うん仕方がない。



――さて、いよいよこんな感じで思考を外にそらさないとまともに何も考えられなくなる。



 目の前には、均整の取れたプロポーションを惜しげもなく披露するアルの姿があった。


 雪のような肌は、風呂に入って体温が上がったせいかわずかに赤く染まっていて。そんな肌にしっとりと髪の毛が張り付いている。


 風呂に入ってリラックスしたせいか、いつもよりもはちみつ色の瞳はとろりととろけていて。


 何だろう、俺はこれ以上適した表現を持っていない。ただ言えることは、大変にエロいということだ。


 この一瞬で誓いを何度破りかけたかわからない。でも、でも俺はアルには手を出さないと――。



「アマネ、なんで黙ってる?」


「あのほんとごめんなさいマジで理性が勝てないです」


「……?」



 もう無理だ。誓いとか学生のエロ本能の前では死んでしまったも同然だ。


 エロは世界を救うので、俺をきっと救ってくれるはずだ。エロ万歳、エロ万歳――。


 据え膳食わぬはなんとやらと漫画のキャラも言っていた。つまりそういうことだろう?


 ……なんて思っていた俺の頭を、いよいよ俺は殴る。



「……ごめん。どうしたの?」


「え、あ。……えと、止め方が、わからない」


「了解。もっかい教える」



 困惑しながらも、アルは俺の言葉にしっかりと返してくれている。


 いきなり目の前で自分の頭を殴るとかいう奇行に走ったのに、アルはきちんと返してくれたんだ。


 なのに俺は……性欲に負けて誓いを曲げようとしたっ……



「でもこの後悔、何度目だ……?」



 いい加減学習しようぜ、俺。


 でも何だろう、学習したくても出来ない気がしてならない。


 本当なら、欲しいものとかすっぱり諦められるはずなんだけどな。金以外。



「……俺はどうしたんだろう」



 盲目になっているような気がして、ならなかった。


 ここまで自制心が効かない人間だとは、俺自身思っていなかったんだけどな。


 これって……もしかして……?



「溜まってる……ってヤツなのかにゃ?」



 ラグナロ○オンラインへ、行かなければならないのかもしれない。









「いいお湯だった」


「お粗末様。服はどうだ?」


「ん、ぶかぶかだけど……あんまり違和感ない」



 まあ、俺が中学2年生のころに着てた服だからな。マッハで洗濯してマッハで乾かしたかいがあったぜ。やったぜ。


 俗に言う”彼シャツ”状態だが、今の俺はあまりにも無敵だ。


 無敵過ぎて何も感じない。今はこの自然がいとおしい……。



「……なんか、くさい?」


「そういうこともあるさ」



 いかんいかん、換気はしなければ。流石にこれがバレれば終わりだ。



「さて、この後の予定だけど……”黎明”に行こうと思う」


「あそこに?」


「うん。冷静になって考えてみれば、許可なく過剰な戦力をよこしたのは”黎明”側なのに、いっちょ前に対価を要求するのおこがましくないか?」


「ん。確かに……?」


「だから、金をせびりに行きます」



 自尊心や羞恥心は、犬に食わせました。



「というわけで、準備が出来たら黎明本部に出発します」


「おー」


「というわけで、アルにはこれを」


「これは……外套?」



 俺のお古だけど、アルが身を隠すには十分だろう。



「それで身を隠しながら、黎明の本部に向かおう。流石にアルがそのまま歩いたら騒ぎになるし」


「なんで?」


「なんでってそりゃ……」


「……?」


「そりゃ、あれだよ。……そう、魔法がすごすぎて!」



 嘘は言ってない。事実アルは白薔薇として有名になりつつある。



「そうなんだ」



 悪い気はしないってここまで顔面で語ることもない、ってくらいまんざらじゃない表情だ。


 まぁ気を悪くしなかったのならば安心だ。流石にここで関係性悪くしたくないし。


 人間として大切な何かを失ってまで繋ぎとめたんだからな。理性を。



「黎明本部に行けば、お金がもらえる?」


「わからない。でもどうにかなるかもしれない」


「……お金もらえたら、アマネはうれしい?」



 その問いかけには、マジで1秒のディレイもなく頷く。



「うれしい」


「どれくらい」


「めちゃくちゃうれしい」


「……わかった。私も、出来る限り協力する」



 ……? いきなりアルがやる気を出し始めたな。なんでだ?


 何かやる気を出させるようなこと、俺は言っただろうか……?


 いやまぁ、お金を稼ぐことに前向きになってくれたのはとてもいいことだ。


 目的を共にする仲間というものは、いつの世も素晴らしいものだ。



「ちなみに、うまくお金が稼げれば、美味しいご飯が食べられます」


「おいしいご飯?」


「おう。うまくいったら……俺のとっておきのお店にアルを連れて行くよ」


「とっておき」



 ……余計やる気を出してしまったな。罪な店だぜ、牛丼屋――。


 まぁ滅茶苦茶うまいのは正しい。絶対不変の真実だ。嘘なんかではない。


 気づけば黎明の本部目前だ。始めるならば、ここしかないだろう。



「準備は良いか、アル」


「ん、ばっちこい」



 DSデバイスを展開、ディスプレイを操作して――ボタンを押す!


 ……リア凸配信、スタート!

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