20:リア凸するらしい

「……これはなんだろう」



 途中までサラダの形をしていたのはよく覚えている。なのに今はサラダと言うよりかは森だし、森にしては色が禍々しすぎる。


 狂い始めたのはどこからだっただろうか。思ったよりも原型を留めていたサラダに興奮して、アレンジを加えた辺りだろうか。


 何はともあれ終わっています、俺は料理を作るべきでは無いのだ。誰も俺を愛さない……。


 とはいえ食うものがないのも事実。サラが持ってきてくれた食材も今回で使い果たしてしまったので、いよいよこれを食うしかないのだ。


 俺は大丈夫だけど、アルは大丈夫だろうか。お腹を壊さないだろうか。てか初めて食う日本食がこれで本当に良いのだろうか。


 今ならまだ間に合うかもしれない。アルが起きてくる前に、何とか……。



「……アマネ?」



 無理でした。









「無味無臭のサラダなんてこの世に存在するんだな」


「びっくり」


「美味いもの食わせられなくてごめんな」



 初めての日本食がこれなの、なんかイメージ悪くしそうでヤだな。


 でもアルの反応は意外と悪くない。そういうものとして楽しんでくれたようだ。


 ……次こそはうまいもの食べさせて感動させてやろう。俺は決意した。


 とりあえずはコンビニのおにぎりだ。週1でしか買えないけどバカ美味いんだワ、アレ。



「……そろそろ水浴び、したい」


「そういえばサラが来てからてんてこまいだったからな、シャワーでも……」


「……どうしたの?」


「不都合な事実に気づいてしまったんだけどさ」



 首を傾げるアル。俺はそんなアルから一瞬目を背けた。


 そういえば、シャワーを浴びるにしても風呂に入るにしても、絶対に用意するべきものが俺にはあるはずだ。


 何を隠そう――着替えだ。


 明らかに手持無沙汰のアルに着替えを持っている様子はない。もしかしたらアイテムボックスには入っているのか……?



「アル、ちなみに着替えは……」


「ない」


「……ですよね」



 なんかそんな気はしてた。


 つまり、アルが水浴びをするにしても、着替えがないわけで。


 というか、そんな着替えを買うお金もないわけで。



「こんな形で叶えたくはなかったけど、背に腹は代えられない――」


「アマネ……?」


「アル、しばらく男物のシャツで我慢してくれるか……?」


「ん、問題ない」



 あっさり切り返してくれる。俺は結構悩んでモノを言ってるのに。


 いや、言うほど悩んでないか。それをせざるを得ないんだから躊躇もクソもなかったわ。



「じゃあ、準備してくるから待っててくれ」


「ん」



 少しの罪悪感と、大きな期待。俺は胸の奥底にそれらをしまい込んで、無心で風呂を洗った。


 ……いつもより、ちょっと念入りに。









「……」



 俺は、一人悶々としている。


 隣から聞こえる水音。わずかに聞こえる声。


 現代日本のシャワールームが珍しいのか、わ、とか、ん、とか声を出すたびに、俺はそわそわとしてしまう。


 だってしょうがないだろ! いくら手を出さないって決めたって、薄壁一枚越しに超絶美少女が生まれたままの姿なんだぞ!


 耐えろ……耐えるんだ俺……。何か気でも紛らわすものでも……!



「アカウントでも見るか……」



 アズマは、最終的な視聴者が10万人をこえていた、と言った。


 であれば、何かしらの反応があるはずで。俺はその反応を見てみようと思った。


 例えばいきなり登録者が爆増してないかな~とか、Swipperのフォロー増えてないかな~とか思ったりしたりしまして。ぐへへ。


 数字の魔力はすさまじい。エロなんて遠くに消え去った。消え去れと数字の魔力のほうがすごいって思いこんだ。


 まずはswipperから開く。このDSデバイスは黎明から貰ったものなので、アカウントのIDとパスワードを新たに入力する必要があった。


 アカウントにログインした瞬間……通知音が爆発的に鳴り響く。慌てて俺はメディアの音量を最低にした。



「何がどうなってるんだ……?」



 通知もDMもえぐい数が来ている。流石に何かの勘違いか、と思って通知を開けば、そこには鬼のようなフォローの嵐。


 フォローフォローフォロー。ついでに脅迫文、声明文、お気持ち表明、抗議文、アンチ、ヘイト……。


 ……なんか批判的すぎない? 俺のSwipper……。


 そのどれもが白薔薇ちゃん……つまりアルのことに関してだった。



「泣けるぜ、俺の人気じゃなくてアルの人気なんだよな」



 言うほど泣いていない。これで増えるなら、俺のことを知ってくれる人も増えるという事だ。


 間口が広ければ、それだけこちらへ流入する人の数も多くなるらしい。つまり金も増えるという事だ。


 ポジティブに受け取ろう。



「DMは……まぁ通知がアレな段階でお察しだけど」



 脅迫文、声明文、お気持ち表明、抗議文、アンチ、ヘイト、インプレゾンビ。社会の変な人たち展覧会がそこでは繰り広げられていた。


 うわぁ、現代の闇だ。


 そんなDMの中で、一つだけヘイトでもアンチでもない、真っ当な意見を陳述していそうなDMがあった。開いてみれば……どうやら配信を見てくれていた人のようだ。



「どれどれ……」



 内容は様々だが、簡単に要約すると――黎明さん、恩着せがましいだけに見える件について。


 ……冷静に考えたら、確かにアイツら恩着せがましくないか? アズマの登場に面食らってたのは事実だけど、救援の対価っていいながらそもそも救援してないじゃねーか。


 これは吹っ掛けてもばちは当たらない。DSデバイスをもらったし、ギルドホームへの帰還を提案してくれた恩はあるけどさ、それとそれは別だし。


 なんなら勧誘されて精神的ダメージを負ったし。いや負ってないけどそういうことにしといたほうが金貰えそうだし?



「黎明や 金をくれなり 法隆寺」



 次の目標が決まってわくわくだ。フォロワー数も増えたし、ちょっと過激に放送してみるのも一つの手だよな。


 飽きられるのが一番怖い。どうせなら変な地位でもいいから確立したい。今のところ物申す系はたくさんいるけど、リアルガチで黎明に凸った配信者はいないだろうし。


 いきなり有名になりすぎて思考がふわふわしてる感じはするけど、これは正解な気がしてならなかった。正解っていうか、これは正義だ!



「よし、黎明に凸るぞ!」


「……アマネ、いい?」


「お、なんだア――っ!」



 振り向いた先には、乳白色の肌が広がっていた。


 それが何かを、俺の思春期ブレインは一瞬で理解する。


 均整の取れた、少女的な稜線。滴るしずくは、その1滴ですら万の黄金よりも価値がありそうに見えてくる。


 ……端的に言おう。俺の目の前には――。


















「アマネ?」



 全裸のアルジェントが、立っていた。

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