19:一人に慣れてしまっていたらしい
「何をしているのか、聞いてもいいのかな?」
翠の瞳に昏い色を宿しながら、サラは俺に問いかける。
高めのショタボイス、普段は癒しにも感じるそれなのに、今はどうしてだろう、あまりにも圧力にまみれていた。
しかしこれは俺が意図して引き起こした事態では無い。必死にあらがうとしようか――。
「実は、これには深いわけがあって……」
「アマネ、そのセリフを言うやつに深いワケがあったためしは一つとしてないんだよね」
「……おっしゃる通りではあるかもしれない! でも俺はやってない!」
「いや、やってるだろう。じゃあその体勢はどう説明するんだい!」
……まぁ確かにはたから見たらさ、俺がアルを押し倒しているように見えるんだけどさ。
でも本当はそうじゃない、これは不幸な事故なんだ!
「はぁ、まぁでもボクは? 君のオンリーワンだからね。ヨユーってもんがあるのさ」
「はぁ……?」
「というわけで、食材を持ってきたよ」
お邪魔しまーす、と食材を手にしながら俺の家へと上がってくるサラ。
俺はアルの上から退いて、アルへと手を差し出す。迷いなく握るあたり、ガチで信用されてる感じがして罪悪感――。
とはいえ、しょげている暇なんてない。俺は立ち上がって、サラが買ってきたという食材に目を通す。
……肉がある! 肉があるぞ!
「いいのかサラ、こんな高級なもの買ってもらって……」
「高級……? ひょっとしてこの薄切り肉のことをそう言ってるのかい?」
「どこからどう見ても高級食材だろ!」
「ボクにはそうは見えないんだけどな……」
憐れむような瞳を向けてくるが、俺にとっては薄切り肉でも高級食材なのだ。
というかそんなものを買うお金があったら入学資金へとあてる。昨日の飯は夜に1回、もやしいためのみだ。
「だから、ボクと一緒に来てくれたら衣食住は保証するって言ったのに」
「ありがたいけど、流石に男友達の執事になるつもりは毛頭ないよ」
「……」
サラは、良いところの坊ちゃんらしい。D学の試験を受けた後、道に迷っていたサラを案内した後、空港で妙なことを言われたんだ。
キミをボクの従者にしてあげるよ! そしたら食べるのも住むのも、今よりまともなものにしてあげるよ!
……まぁありがたい申し出だけどさ。俺は女の子にモテたいっていう目的もあるんだよね。金と女って学生にしては爛れすぎてる目標だとは思うけどさ。
高潔な価値観なんて犬に食わせた。
「まぁ、マジで食べるに困ったら執事になろうかなって思うけどさ」
「ホント?」
「え?」
目を輝かせながらそんなことをいうものだから、俺は思わず聞き返してしまった。
……あの、なんか怖いです、サラさん。
「流石に冗談だよな」
「……嫌だなぁ、冗談だよ」
「間が怖いんだよな、間が――」
サラは前々から冗談のようなことをマジで言うタイプだった。ただ、最近輪にかけてひどくなってきているような気がしている。
ちょうど俺がD学の入学金のためにダンジョンアタックし始めた頃からだろうか。
「そんなことよりさ、早くご飯をつくってしまおうじゃないか!」
「それもそうだな」
これ以上深堀しても地獄を見る気配しかしないし、今回はサラの言葉に従うか。
とはいえ、俺の料理の腕はそこまで高いわけではないので、本当に適当にやるだけだが……。
「そういえば、アルって何食べるんだろうな?」
「霞とか?」
「そんな仙人みたいな……」
「本人に聞いてみるとしようか。それが一番手っ取り早いだろう?」
「それもそうか」
食材をいったん台所に置いて、居間に置いてきたアルの様子を見に行った。
すると、そこには畳に寝っ転がって寝息を立てるアルの姿があった。
白銀のまつ毛はそよ風に揺れているし、雪のように白い肌は、今睡眠時の体温上昇によってわずかに赤く色づいていた。
すよすよと眠る姿は、まさしく天使のようだった。
「……ねぇ、アマネ」
「なんだよ」
「突っ込まなかったけどさ、君に何があったのさ」
「……俺もよくわかってないよ」
「なんでこんな天使さま、連れて帰ってきちゃうかな」
ちら、と横目で見れば。うらやましそうな、どこか憎そうな、でもやっぱり嫌いになり切れない慈愛を抱いているような。
そんな目つきを、サラは浮かべていた。
「見てたよ。君と彼女の配信」
「……そうなんだ」
「仲よさそうだったね?」
にこりと笑って、サラはつぶやいた。
……嘘っぽい笑顔だ。
「なんでこんな距離感なのか、俺もわかってないけどな」
「好意だとは思うけど、多分信じてる、んじゃないかな?」
「……俺を?」
「君を。ボクがそうであるように」
サラが?
俺がいぶかしげな視線をサラへ向けると、サラは深く息を吸って、こちらをジト目で見てきた。
「君は自分が思ってるよりも、誠実そうに見えるよ」
「誠実? 俺が?」
「だって、ほら。欲望に忠実だし、それって清廉ではないけど、誠実ではあるじゃないか。自分の願いには」
「……まぁ、それはそうかも?」
「だから、君は他の人間と比べるとずいぶんと分かりやすくて――信用に値する。ボクは少なくともそう評価しているよ」
彼女も、きっとそうなんじゃないかな。サラは振り返りつつ、言った。
「特に、あの子は自分の願いを君に重ねた。彼女にとって君は、自分の願いや思いを共に分かち合う存在になっている、んじゃないだろうか」
「願いと、思い――」
「凄いことだと思うし、うらやましいことだと思うよ。だからこそ妬ましいんだけれどね」
「それ、どういう……」
俺がサラの肩を掴もうとするが、サラはひらりとかわす。
そして俺に小さく舌を突き出して、べー、ってする。
そのしぐさがあまりにも自然で、思わず男であることを忘れてしまった。
「にぶちんには教えてやらないもんね」
「だ、誰がにぶちんだって――」
「アマネに決まってますぅ~。じゃあね、料理は一人で作りなよ!」
ばたん、と扉が閉じられる。別に怒ってはいなさそうだったけど、なんか雰囲気がツンツンしてたな。
俺、何か悪いこと言ったんだろうか。うーん、わからない……。
「……アマネ」
ふと、むにゃむにゃと寝言を連ねるアルが、俺の名前をつぶやいた。
えと、寝言に答えちゃいけないんだっけ。ストレスがなんとかこうとかで。
「……お願い、聞いてくれる……?」
「……」
願いと、思いか。
「いつか、起きてる時に聞かせてくれよ。アルが俺にのっけた、願いをさ」
俺はそっと毛布をかぶせて、その場を立つ。
起きたときにすぐに食べることができるように、料理を用意しておかなきゃな。
お腹すいてるだろうし、アル。……というか俺もお腹すいてるから、飯は食べときたいし。
「……ごはん、か」
……俺は、あまり人と一緒にご飯を食べない。
唯一の友人であるサラと一緒にご飯を食べると、高いものを奢ってくれて気が引ける。
だから、サラからのお誘いは大体断っていた。いつか俺が一緒に飯を食えるくらい稼いだらって。
でも、アルはそうはいかない。記憶喪失で、帰る場所が判然としていないのだから、保護するのはきっと俺の役目だ。
だから、きっといつか一緒に食べることになる。
「一緒にご飯食べるって、どんな気持ちなんだろう」
……不思議と、心が温かくなる気がした。
「作るか」
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