18:友の力を借りるらしい


 黎明のクランホームへと転移した後、特に俺たちには何も接触がなかった。


 もしかすると、何か声をかけられるかな、なんて思いあがっていた自分を恥じたい気持ちだ。


 まぁアルジェントが少し弱っているのもあるし、早めに黎明のクランホームを去りたい取りう気持ちがあったというのも事実。


 とりあえずアズマとかがりさんには挨拶をして、早々にクランホームから脱出した。









 さて、俺の家だ。家といっても滅茶苦茶安いボロアパート。


 おまけに俺の私物で少し散らかっている。そんな部屋にアルジェントを入れることは憚られたが……とにもかくにもまずはアルジェントを人の目から遠ざける必要がある。


 なぜなら、ここまでの道中で何度もナンパにあいそうになったからだ。


 幸いアルジェントを”白薔薇”と認識している人とは出会わなかったものの、絶世の美貌はかくも人を狂わせてしまうのか……と思わせる事態にまで陥った。



「……ここが、アマネの家?」


「家っていうかねぐらっていうか……うん、まぁそんなところ」


「狭いね」


「ざっくり切ってくれますやん」



 さも自然に人の家をディスったアルジェントだが、まぁ確かに狭いとは思う。


 将来的には広い家に住むことも目標だ。俺の金持ちになったらやりたいリストの上位にランクインしている。



「さて、これからどうしようか、アルジェント……」


「……一つ思ったけど、アマネ」


「ん、何?」


「アルでいい。ずっとアルジェントって繰り返されると、なんかむず痒い……」



 恥ずかしそうにうつむくアルジェント。髪の毛と同じ、白銀のまつ毛が楚々として揺れている。


 花も恥じらうとはまさにこのことか! と俺は思いっきり見惚れていた。そのはちみつ色の瞳に吸い込まれそうになる。


 ……いかんいかん。衆目がない以上、これ以上見とれてしまっては戻れなくなってしまう気がする。


 確かにアルジェントは超絶美少女で俺の御主人さまだが、だからといって……というかだからこそ、扱いには気を付けなければならないのだ。


 恋人になれるものならそりゃなりたいけどさ。うん。でも俺に力をくれた大切な人だ。誓って雑に入れ込みたくはない。



「……アマネ?」


「ごめん。それで、これからどうしようか……」


「だったら、一つ提案したいことがある」



 小さく手を挙げたアルジェントは、真剣なまなざしで俺を見る。


 ……俺も真剣に、アルジェントへと問いかけた。



「……何かな」


「――私はご飯を所望する」



 そういえば飲まず食わずでしたね。俺もそうでした。


 とはいえ、冷蔵庫に何か入っているわけでもなく、食材を買いに行くには憚られる。


 となれば宅配を頼むかだが、しかしそんな金は俺にはない。


 クソ、何かこじつけて黎明でお金でも貰えばよかったな。



「こうなれば方法は一つしかあるまい」


「?」



 幸い、俺には最終手段とも呼べる方法が一つだけある。


 俺とて、完全に交友関係がないと言えばうそになる。ギブアンドテイクの関係にある、D学――ダンジョン高校の同級生(予定)が一人いるのだ。


 以前俺はソイツに力を貸してやった。ここに引っ越してくるってことで荷物持ちを手伝ったんだ。で、あれば。その労力を食材という形で返してもらおう。


 DSデバイスを操作――これは携帯の代わりにもなる優れものだ――して、アイツを呼び出す。数コールの後、電話が取られる。



『……もしもし? 昼間にアマネから電話が来るなんて珍しい。どうしたの?』


「サラ、頼みがある」


『なんだいなんだいかしこまって、そんなにボクの力を貸してほしいのかい?』


「ああ、是が非でも!」


『ふふ、そんなに言うなら仕方がないね。何をしたらいい?』



 話が早い奴だ。さすがは同級生。



「食材を俺の家までもってきてくれないか?」


『なるほどね。自分で用意できないの?』


「わけあってね」


『……ふうん、へえ。なるほど、そういう事ね。分かったよ、買ってから持っていくから、少し待っててよ』


「恩に着るわ~」



 じゃあね、とサラから声が聞こえて、電話が切られた。


 やはり頼るべきは友だな、と思っていたら、アルがじっとこちらを見つめていた。



「……今の、何? あと、誰?」


「今のは通話。遠くにいる人と話せる技術。相手は俺の同級生予定のサラ。イギリスからの留学生で、男だ」


「……そうなんだ」



 いぶかし気な目だ。まぁしょうがないよな、だって男なのにサラって、少し変な名前だって思うよな。


 俺も以前はそう思っていたが、どうやらイギリスでは”サラ”という名前で男性はそこそこの数いるらしい。


 まぁ俺が浅学だったという話だろう。とにかくサラは良い友達だ。



「というわけで、サラが料理の材料を届けるまでの間だけど……」


「ん……水浴びしたい」



 水浴び……ああ、風呂のことね。


 なるほどなるほど……風呂?!



「なるほど、そういう問題もあるのか」


「?」


「なぁアル、一応俺たちって男女なんだよな……」


「……? うん」


「その、いろいろ考えなきゃいけないこと、なくないか?」


「私は気にしない」



 すごいざっくり! てか気にしないんだ?!



「でもそれは俺のほうに問題がある、というか」


「……というか?」


「その、実はですね……」


「実は、何。はっきり言って欲しい」



 じりじりと四つん這いで迫ってくるアル。


 今更だが、アルの着ている服はかなり胸元に余裕があり、つまりどういうことかといいますと。


 ふるふると揺れる、二つの山脈が目の前に。


 俺とて血気盛んな15歳の男の子。そんな光景を見せられて冷静でいられるわけがない。


 アルジェントの肩を掴む。



「……俺は、男なんだぞ」


「知ってるけど……それが、何?」


「襲われるとは思わないのか?」


「思わない。だって……信じてるから」



 目を閉じて、毒を追い払おうとしていた俺に。その言葉が刺さった。


 何を考えていたのだろう、俺は。


 性欲甚だしい男子中学生とはいえ、流石にさっき大切にしよう、雑に付け込まないようにしようって誓った相手に何を……。


 じっとりと汗ばんで柔らかい、アルの肩。俺は出来るだけ優しく、彼女を押しのけた。



「……俺はアホだなぁ」


「そんなことはない。自分を卑下しないで」



 アルはむっとした顔で、俺の服を掴んで引き寄せる。それも結構な勢いで。


 俺とアルは対面していて、そのアルが俺を引っ張った。バランスを崩した俺がどうなるかなんて、もう言わなくてもわかるだろう。



「――っ」



 俺は、アルを押し倒してしまった。


 いや、事実は異なる。本当は押し倒してなんかいない。でも、形だけ見れば、そういう風に見えてしまってもおかしくはないのだ。


 ごめん、ととっさに呟いて退こうとして。動けなかった。



「……?」



 アルが、俺を目の前にして不思議そうに首を傾げていた。


 はちみつ色の瞳は蠱惑的に揺らめいていて。いや、これは多分俺が流されて、そういう雰囲気になってしまっているような錯覚に堕ちているだけだろうけど。


 肌はわずかに紅葉していて、頬に指す朱はあまりにも色っぽかった。倒れた拍子に、ふわりと花のようなにおいが……アルのにおいが立ち上がったのもいけない。


 そのすべてが俺を夜想曲的ノク○ーンノベルズな雰囲気へと連れて行こうとしている。


 流されてしまおうか。ダメだ! ダメだ! ダメだ!


 頭の中に日本兵が現れ始めたとき。



「やあ、我が友アマネよ! ボクが君の窮地を――」


「……」


「――まさしく! 救いに来たようだね!」



 ドアを開いて、金髪翠眼の同級生(予定)――サラが現れた。なんか青筋立てて。

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