15:きたねえ花火らしい


 とはいえ、これはかなりの大事件だ。ようやくどうにかなる目途が立ったところで、俺は得物を失ってしまった。


 俺は格闘家ではないので、拳でシャドウウルフにダメージを与えられるとは思えない。


 どうしよう……。



「――うぉ!」



 考えていたら、シャドウウルフの前足を振り下ろされていた。


 それをさっきと同じく前方向に避けた俺。そこには先ほど俺が斬った腹があって。


 ……ここなら、ワンチャンあるか?



「どうとでもなーれ!」



 俺は先ほどナイフで切り裂いた腹に……グーパンチで手を突っ込んだ!


 流石にこれは痛いのか、シャドウウルフは暴れるが……しかしその数秒後には、氷の茨が動きを止めた。


 アルジェントの魔法だ。ありがたい――。



:いきなりコイツ狼の腹に手を突っ込んだぞ

:痛い痛い痛い痛い

:何するつもりだよ

:ナイフも何も持ってないのにダメージ与えられるのか……?

:血が噴き出して余計血みどろになってるじゃん

:もう人前歩けないね……♡



「……出来る、できる。俺には出来る」



 息を吸って、吐いて。鉄臭い血の匂いにえづきそうになりながらも、俺は息を吸う。


 思い出すのは、先ほどアルジェントに命令された使った魔法きせきのこと。


 あの言葉の意味は解らないが、あの言葉がどんな効果をもたらしているのかは分かった。


 今は完全に再現できないが、でも、簡単なものならば俺にも再現できる。



「ほころび、花開け――灼華ファイア・ブルーム



 瞬間、バチリと目の前で閃光が弾けた。熱量が頬に感じられて、俺はとっさに突っ込んだ手を引き抜いた。


 どさりと地面に倒れる俺。その眼前で――花火が弾けた。……さっきの綺麗なものじゃない。


 柔らかい肉袋の中に、爆竹を入れ込んだらこうなりますよって感じの、グロい花火。


 あれだ、昔の超有名漫画にあったセリフはこういう時使うんだ。



「きたねえ花火だ」



:おろろろろろ

:グロすぎる

:グロ

:えぐ

:えぐい

:お前主人よりえぐいよ

:キツい

:ちょっと吐いてくるわ

:何やってるんだお前……

:てか今の爆発なに

:呪文詠唱した??



 苦しみにのたうちまわるシャドウウルフ。やみくもに爪を振り下ろすが、その先には誰もいない。


 そんなシャドウウルフを、アルジェントは再び氷の茨で拘束した。


 そして俺を見ながら一言。



「えげつないことする」



 ……いや、貴方に言われたくありませんが?



:お前が言うな

:お前が言うな

:お前が言うな

:今日のおまいうスレはここですか?

:敵を動けなくしたうえでボコボコにするやつのほうがマシって何???

:傷口に塩塗り込むどころか爆薬仕掛ける奴のほうが怖いだろ

:血塗れのアマネだ……

:草 二つ名それでいいよ、もう



「血塗れが二つ名なの、なんか嫌だな……」



:決めるのお前じゃなくて、俺たち(民意)だから^^

:覚悟しろなー?^^



「嫌すぎる……」



 血とかにカッコよさを感じる年代ではないのだ。年代的に言えば感じるほうなのか……?


 いや、でも俺は血塗れがかっこいいとは思えない。どちらかというと血なんて浴びずに敵を切り捨てる感じのほうがかっこいいと思う……!


 ……同レベルか、ひょっとしてこれ。



「アマネ」


「ん、どうした?」


「トドメさして、いい?」


「あ、はい」



 ……腹の中で爆発キメられて、その上顔面に氷のつぶて食らって。


 挙句の果てに放置され、適当な返事一つで殺されるシャドウウルフ。不憫だ。


 流石にアルジェントも少し不憫さを感じたのだろう。杖を大きく掲げた。



「冥途の土産に教えてあげる」



:フラグだよご主人様!

:冥途の土産(ただの土産話)

:でも流石にこのまま死なないなんてことある? 腹切り開かれた上にぐちゃぐちゃなのに

:……まぁ無理だろ

:いかに強靭なモンスターだとしても死ぬはずだよな

:流石にね。まぁ流石にね?



「――私のオリジナルは、一つではない」



:はい?

:え?

:マジ?

:白薔薇以外もあるの?

:普通オリジナル・マジックって一人1つだよな……?

:そのはず。一応今までも2つ持ってるって人はいたけど

:でもその人って伝説級のマジック・キャスターって呼ばれてる人だけでしょ

:……いったんご主人様最強か

:そうだな



「アマネ、見てて」


「……お、おう」


「弱い魔法でも、集めて、集めて、固める。たったそれだけでも――強い」



 アルジェントは絶え間なく呪文をつぶやいている。氷のつぶてが浮かんで、衝突。


 わずかに大きくなったそれが、同じくぶつかって大きくなったつぶてに、衝突。


 それを繰り返し続ける。あっという間に、シャドウウルフよりも何倍も大きな氷塊が出来上がる。


 ……あの、まさかそれをシャドウウルフにぶつけるとか言いませんよね?



「――重さは、正義」



 杖を振り下ろしたアルジェント。その先にはもちろんシャドウウルフ。


 動けずに、ただ見上げるだけだったシャドウウルフは――最後にこちらを見て、一つ小さく鳴いた。


 マジかよ。俺にはなんだか、そう言ったような気がした。


 あまりにも可哀そうで、俺は目を背けた。バカほどでかい衝突音が聞こえたと思ったら……押しつぶされたときに出てきた血が、また俺の服を濡らす。



:ほんとうに血塗れでいいよ、俺が迷宮省に二つ名申請しとくわ

:俺もしとくわw

:これだけ血に愛されるんだったら当然だわな

:血塗れのアマネで決定やね

:ブラッディ・アマネwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

:草

:草はやしてやるなwwww

:草w

:草に草生やすな



 俺も泣いとくか、とりあえず。


 えーんえーん。



:嘘泣き下手にもほどがあるだろ



 正論パンチやめてね^^;









「お疲れ、アマネ」


「ご主人様も、お疲れ」


「最後のアレ、すごかった」



 アレ、つまりきたねえ花火のことだろう。


 とっさにやったことだけど、出来てよかったな。



「私が教えた魔法、使ってくれてうれしかった」


「あれしか魔法を知らないからな」



:やっぱり魔法使ってたんだ

:イッチって魔法使えたん?



「いや、今までは使えなかった」



:じゃあ、ご主人様の力で使えるようになったってコト?

:さっきの儀式みたいなやつ、めちゃよかった

:なんかお姫様と騎士様みたいな感じでよかった……

:すごい絵になる光景だったよな

:あれで魔法使えるようになったの?



「いや、関係はあるけどあれが無くても魔法は使えるようになってたんじゃないかなって思う」


「ん。アマネにはもともと魔力があった」



:ダンジョン適性検査で魔力反応があったってコト?

:それなのに魔法使ってなかったとかじゃないよな?

:流石にないだろ

:ダンジョン舐めプとかありえない



「ダンジョン適性検査では魔力を感知されなかったよ。間違いなく、俺は今日まで魔力を認識していなかった」



:それってどういう事?

:もしそれが事実なら、ダンジョン適性検査であきらめてた子にも希望があるってコト?

:……それ、だいぶヤバいことじゃないのか?

:もし本当だとしたら、今まで魔力無しで泣いてた子たちが救われることにもなるけど



「……アマネの魔力を引き出せたのは、私と同調できるから。使い魔だからできたことであって、他の人では多分無理」



:そっかー……。

:俺たちは納得するけど、できないやつもいるだろうな

:正直納得できないっていうか、なんでアマネだけって思う

:こればかりは天運ってもんだろ

:気持ちはわかるけど、ご主人様にあたるのは話が違うからな



 コメントには動揺が広がっていた。しかし、アルジェントの言葉によっていったんは落ち着きを取り戻したようだ。


 タイミングを見計らって、俺はカメラの射角に入る。



「……というわけで、今日の配信はいかがだったでしょうか? 今後も配信は続けるので、チャンネル登録、通知の設定もお願いします!」


「よろしく」


「それでは、また会いましょう!」


「ばいばい」



:おつ

:おつ

;おつ

:swipperで告知よろ^^

:概要欄にswipper貼っとけよ

:白薔薇ちゃんもswipperやってくれますか?

:おつ

:おつ



 いくつか質問もあったが、ここで答えてもキリがない。


 超久しぶりのコメント欄との対話を終わらせたくはなかったが、俺は泣く泣く配信ボタンを切った。


 っふう、と息を吐いていると、袖が引かれた。アルジェントだ。



「どうしたんだ、アルジェント」


「実は、だけど」


「ん……?」


「魔力を引き出すの、実は誰にでもできる」


「え?」


「だから……





































配信で嘘、吐いちゃった」



 それもまた、嘘という名の愛なのかもしれない。

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