16:手を引くらしい


 アルジェントの衝撃の告白から十秒ほど開け、冷静を取り戻した俺は、後ろに控えていた二人へ声をかけることにした。


 アルジェントから話を聞きたいのはやまやまだけど、これ以上”黎明”にこの話を聞かれてはまずいんじゃないか、という予測があった。


 俺たちが二人へ近づくと、かがりさんが俺たちへと素早く接近してきた。



「……聞いていい?」


「応えるかどうかは、置いといて」


「おっけー……じゃあ聞くね?」



 かがりさんは、俺を見て……あとアルジェント見てから、もう一度視線を俺に戻した。


 そして、もじもじと指をこねくり回し、意を決したように、顔を上げた。



「――2人はどんな関係なのかな?!」



 俺は、その質問に即答することができない。


 まぁ正しく言うのであれば赤の他人だし、あるいは使い魔と主人なのかもしれない。


 ただこう、キスまでしといてそんな他人行儀に振舞えるかというと、俺はそんなに”枯れていない”っていうか。


 でも恋人だなんて応えるのはおこがましいし、万が一アルジェントに否定されたら怖いしで……。



「……主人と使い魔?」




 すごいバッサリ切ってくれましたね、ご主人様。









「先ほどの戦いは見事だった。今まで上層にいたとは思えない胆力だ」


「あ、ありがとうございます!」


「君も……とても素晴らしい戦いだった。相手を手玉に取っていた」


「……」



 アズマさんからお褒めの言葉をいただけるなんて恐悦至極です……!


 と、思ってはいるが、100%その気持ちに支配されたわけではなかった。


 アズマが、そしてかがりさんがここに来た理由を、俺たちはまだ聞いていない。


 当然だが、救援のためだけに来たわけではないだろう。



「何が、目的ですか?」


「目的……簡単なことだよ、周くん」


「簡単なこと……?」



 想像もつかない。この二人が、俺たちのもとへとやってきた理由……。


 何かあるか? アルジェントにだけならあるかもしれないけど。



「黎明の会長からの委任を受けて、正式に君たち二人に願い申し上げる」



 会長の名前が出たとたん、俺の口は開いてふさがらなかった。


 これは、この流れは。そしてこの後に続く言葉は。



「――君たちの力を、黎明で振るってはくれないか」



 まさしく、すべての冒険者が憧れる言葉だ。


 現に、俺もとても光栄だし、ぜひ受けたいと思っている。


 ……受けたいと思っているが。



「あの、一ついいですか?」


「なんだろうか」


「ぜひ、ぜひお受けしたいんですが」


「……が?」


「――D学、クランへの所属禁止なんですよね」



 これから入学する高校の拘束に、引っかかるんですよね。



「……そうだった」



 俺の返答に、アズマは小さく苦笑を漏らした。


 ふと見せた子供のような笑い方に、同性だがきゅんと来る。



「わかった。D学を卒業した時、あらためて声をかけよう」



 くつくつと笑いながら、アズマは引き下がった。


 なんで笑っているんだろうと思って、かがりさんへと視線を向けるが……彼女はアズマとは比較にならないほど爆笑していた。


 流石にそこまで爆笑されるとちょっと腹が立つというか……?


 ……あ、流石に笑い過ぎだってたしなめられたな。









「では、地上に戻るとしようか」


「うん、さんせー!」


「これでようやく帰宅できる……」



 ボス部屋の先、魔法陣に立った俺は疲労をため息で逃がす。


 ちなみに、ボスがドロップした魔石については回収済みだ。


 運が良ければ他のドロップもあるらしいのだが、今回は落ちなかった。


 まぁ生き残れただけよかったと考えよう。



「ちなみに、今回は諸般の事情を考慮して黎明のクランホームへの帰還を行おうと思う」


「え? 何故ですか?」


「……最終的な君たちの視聴者は、のべ10万人にも上る。当然だがその中には下層に足を踏み入れたトラベラーも存在する」


「……つまり?」


「鬼のように出待ちが存在すると思われるが、普通に帰りたいかな?」


「ぜひクランホームから帰らせてくださいお願いします」



 ありがたい申し出だ。ちなみに、ダンジョン内での転移は、目印となる魔法陣を敷設しておけばどこへでも転移することができる。


 今回は黎明のクランホーム内に帰還の魔法陣が敷設してあるため、直接帰ることができる、ということだ。通常は第一階層の入り口付近に送り戻される。


 俺たちは魔法陣に足を踏み入れ、中央に立つ。しかし、アルジェントは一向に魔法陣に入ってくる気配がない。



「アルジェント?」


「ホントに入らなきゃ、ダメ?」


「帰らなきゃいけないからな……入りたくないのか?」



 俺が問えば、アルジェントは首を振る。


 では、一体どうしたというのだろう。


 俺は魔法陣から出て、アルジェントに近づいた。


 ……近づいて分かったが、アルジェントはわずかに震えているようだった。



「……怖いのか?」


「――!」


「何が怖いんだ?」


「……魔法陣が」



 これが?



「何か、嫌な思い出でもあるのか?」


「わからない。でも、これに乗るのは……とても恐ろしい」


「アルジェント……」



 嘘ではないらしい。その震えは収まるどころか強まっていく。


 いつもゆるゆるとしているアルジェントの雰囲気はそこに無く。


 恐れるばかりで足を踏み出せない、見た目相応の精神性が表に出ていた。



「アルジェント」


「……なに」


「何があったかは俺にはわからない。けど、今回は俺がいるから」


「アマネ……」



 俺は、手を差し出す。


 別にアルジェントのことを救ってやろうとか、そんな風に思ってはいない。


 ただ、最初の一歩は誰だって恐ろしいってことを知ってる。


 だから、俺がフロアボスのときにそうしてもらったように、俺も振舞うだけだ。


 おずおずと、アルジェントの手が重ねられて。俺はそれを握る。


 白くて細い、華奢な手だ。震えていれば、なお細く見える。


 俺は、ためらわずその手を引いた。



「一緒に行こう、ご主人様!」



 あの時俺が、勇気をアルジェントに貰ったみたいに。


 俺もまた、アルジェントに勇気をあげたい。



「――うん。ありがとう、アマネ」



 にっこりと、まるで花が咲くような笑顔を見れば。


 きっと俺の行動は、間違ってなかったんだなって確信が持てた。


 青白い光が周囲に満ちて、数瞬あと――俺たちの姿は、ダンジョンから消え去っていた。



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