14:今までの俺じゃないらしい


 息を吐き、地面を蹴る。加速した体は風を切り、シャドウウルフの懐へと潜り込む。


 そのままナイフを下段から上段へと切り上げる。



「――おりゃ!」



 カキン、と硬質な音。ナイフは弾かれてしまう。


 やっぱり俺の攻撃力じゃ、シャドウウルフには傷一つ付けられない。


 前足を持ち上げて振り下ろすモーションが見えたので、地面を蹴ってその場から後退する。


 出来た僅かな隙に、アルジェントからの氷のつぶてが殺到する。


 氷の槍ほどの攻撃力はないが、牽制にはもってこいの魔法だった。



「アマネ、こっち来れる?」


「うん?」



 駆けよれば、アルジェントは魔法を詠唱して分厚い氷の壁を作った。


 シャドウウルフの鋭い牙と爪があろうとも、あの壁は早々破られないだろう。


 あんな壁を作って何をしようというのだろう。



「アマネ、言い忘れてたことがある」


「言い忘れてたこと……?」


「ん。使い魔には、使い魔になった段階で特殊な能力が与えられる」


「なるほど……?」



 でも、そんな力があるとは思えない。感じられないし。


 いぶかし気にアルジェントのことを見ると、アルジェントはむっとした表情で俺の手のひらを掴んだ。


 先ほど、アルジェントと契約したときに熱を持った右手だ。



「使い魔の能力は、使い魔が望んだものと、私が望むものを掛け合わせたものになる」


「俺と、アルジェントの……?」


「ん。だから、聞いておくべきだった」



 忘れてた、と小さくつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。


 強く責めるつもりはないが、そういうことは早めに教えておいてくれ……!



「アマネは、何を望む?」


「……何を、望むか」



 そういわれると、悩む。もちろんほしいものは金だ。入学金を支払いたいし、そもそもいい暮らしをしたい。


 だけど、この問いかけはそんなことじゃない。俺のもっと、根本的な願いを問われているんだ。


 俺が何を望むか。よくわかってはいないけど、問われて思い浮かんだものがあった。



――強くありたい。



 シンプルな願いだ。魔法を使いたいと願ったのも、そもそも入学金を死に物狂いで集めて学校へ入りたいと思ったのも。


 そのすべては、俺が強くなりたいと願ったからだ。育ちがまともじゃなくても、強くなれればきっと、俺は何かになれるんだって。


 だから、俺の願いは、望むはこれしかない。



「……定まった」


「なんかそんな気がする。俺の在り方を、コイツが支えてくれるような気がする」


「ん。じゃあ、今度は私の番」



 わずかに光る、右手の紋章。今はぐにゃぐにゃとしていて不定形のそれに、アルジェントは額を当てる。



「私が望むものを、あなたにあげる」



 その瞬間だった。右手の紋章が一際強く輝いた。そして瞬きした次の瞬間には……紋章の形が変化していた。


 剣を中心に、樹が生えているような紋章だった。


 なんとなくだが、剣は俺の望むもの、樹はアルジェントが望むものだと理解できる。


 これが、使い魔の力……?



「それがどんな力を有しているか、私にはわからない」


「俺にも分からない……。でも、さっきよりはマシに戦えるんだってことは解る」


「ん……いい顔だね」



 ゆるりと、アルジェントは笑った。今までは照れてすぐに顔をそらしていたが、今の俺なら、きちんと返せる気がして。


 俺も、アルジェントへと笑い返した。するとアルジェントは、俺の胸板に手をあてて――そっと外側へはじき出した。



「行ってらっしゃい」


「おう」



 何でもできる。出来ると思えば、なんでも!


 そんな気がして、ならなかった。









 俺が駆けだした段階で、氷の壁はすでに壊れかかっていた。


 咆哮を挙げるシャドウウルフへと突貫し、その肌にナイフを突き立てる。


 相変わらず体毛が硬すぎて弾かれるが、先ほどと比べるといくらかダメージが入っているような気がした。


 事実シャドウウルフも、こちらを驚いたように凝視している。



「今までの俺じゃない、らしいぞ」



 俺の言葉を理解したのか、シャドウウルフは前足を振り下ろしてきた。


 鋭く、素早い。だけど、その動きは今まで三回も見てきた。


 前方向へ転がり込むように避ける。懐へ入る形になるが、むしろ前足の攻撃は当たらず、シャドウウルフの隙だらけの腹が目の前にあった。


 そこへナイフを突き立てれば、流石に柔らかい部位だったのか刃が通る。


 血が噴き出して、シャドウウルフは大きく後退した。



「……よし」



 今回回避できたのは、なんというか”余裕”が生まれたからに違いなかった。


 動きが心なしかスローに見えたし、見えなくなっていたところまで見えるような感じだ。


 そんな視界に、ドローンが映った。……そういえば、今配信中だったな。



:これがさっきまであんな感じだった男か?

:ご主人様から力をもらって覚醒とか、なんかのゲームとかアニメかよ

:でも今の動き、滅茶苦茶かっこよかったよな

:上位勢と比べると動きは遅いけど、でも光るものを感じるわ

:おーいイッチ気付いてるか! 歴代視聴者数更新してるぞ!



 コメント読んで、ふとカウンターを見る。そこには……5万という数字が。



「……5万?!」



:ようやく気付いたかw

:でも無理ないよな、今まで登録者数・視聴者1人をキープしてたわけだし

:青天の霹靂だよな

:美少女ちゃん目的で見に来たけど、男も結構いい動きするじゃん

:いいぞ、そのまま二人でフロアボス倒して戻ってきてくれよ!

:血まみれのアマネ、カワイイネ



 コメントを見て気付いた。さっき俺がシャドウウルフの腹を刺した時、血があふれ出てたんだった。


 装備が全部血まみれ。顔も、かろうじて目の周辺は大丈夫だがかなり血にまみれている。


 気づいたらなんか生臭くなってきた……。



「ダンジョンから帰ったら風呂だな……」



:こんなところで風呂のこと考えてるのかよw

:ある意味大物だな

:てか、こんな悠長に構えてていいのか?

:でもさっきから狼、襲ってこなくない?



「言われてみれば……」



 視線をシャドウウルフのほうへ向ける。すると、シャドウウルフは氷の茨に縛られていた。


 アルジェントの魔法だ。彼女はシャドウウルフを拘束しながら、顔面に氷のつぶてをぶつけ続けていた。


 ……うわエグ。



:えぐ

:エグ

:エグい……

:こんな可哀そうなことある?

:てかご主人様顔色一つ変えてないの怖い;;

:なんかイッチのとぼけ顔が癒しに見えてきたわ

:リョナられてる狼カワイイネ

:ケモリョナラーもいますと



「アマネ。お話終わった?」


「あ、うん」


「ん、じゃあ解除するよ」



 氷の茨を解除したアルジェントは、ひときわ大きな氷のつぶてをシャドウウルフの顔面にブチ当ててのけぞらせた。


 もうあの人一人でコイツ殺せそうな勢いですやん。


 流石にこの仕打ちにシャドウウルフは非常にキレたらしい。先ほどまで俺に向いていたヘイトをアルジェントへと向け始めた。



「それはダメだ」



 地面を蹴って、シャドウウルフへと肉薄。……さっきよりも早くなっている?


 わずかに上昇した身体能力に戸惑うが、その勢いのままナイフを足へと突き立てる。


 その瞬間だった。パキンと音がして、俺の視界の端で何かが飛んで行った。


 ……銀色に光るそれは、刀身で。持っていたナイフは、柄から先がぽっきりと折れていて。


 ……。



「俺の高額転売品がぁああああああああああああああ!」



:いや転売するつもりなら武器に使うなよ。



 正論パンチやめてね。

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