13:戦闘開始らしい
軽く扉を押せば、大きくて重そうな扉がゆっくりと開いていく。
明らかに俺一人の力では開けることができない重量だが、そこはダンジョンクオリティだろう。
扉が完全に開き切れば、中のたいまつが薄っすらと光った。
「さて、ここからは俺たちは観戦に回ろう」
「うん。二人の戦いを楽しみにしてるね~?」
:なんか聞いたことある声するな
:……いやいやまさか、そんなことあり得ないだろ
:かがりとアズマ? いやまさか
:そんな二大巨頭が現れたら、うれしさのあまり死ねる気がする
:やはり顔……顔はすべてを解決する……
:流石にかがりとアズマがいるわけないだろ いたとしたら全裸で踊ってみた出します
:スクショ取ったぞ もし本当だったらやれよな
「アマネ、準備は大丈夫?」
「……おう」
「大丈夫。もし何かあったら、私がキミを守るよ」
アルジェントは俺の手を握って、決意のこもったまなざしをこちらへ向けてくる。
いつもは眠たげなはちみつ色の瞳だけど、今この時はそんな気配を感じなかった。
ていうか近い、鼻先が触れそうな距離だ。まつ毛長……。
:おいイチャつくな
:そこ代われ
「アマネは私のもの、代わらない」
:そっちじゃねーよ
:どう考えてもイッチに代わってほしいコメントなんだよなぁ
:野郎とくっつく趣味は無いんだ
:てかご主人様コメント認識してるんだ
「見方を教えたからな。今後はご主人様もコメントを見ることになるからな」
:マジか、ご主人様みってるー?
:(常軌を逸したセクハラコメ)
:セクハラやめてね^^
:イッチ対応早くて草
「あんまりそういうのしないでね」
:正しい
:今後もこういう機会増えるだろうし、あとでモデレーター決めたら?
:せやね、同意見だ
「モデレーターか……」
モデレーター。俺はあんまり詳しくないけど、度が過ぎたコメントを消したりする、治安を維持する役割の人だ。
配信者の中には信頼する人にモデレーターを任せる人もいれば、エンタメの一環としてモデレーターを決めるためにイベントを開く人もいる。
正直視聴者に権力を持たせるのは……と思うが、ただ金のにおいがする。
「モデレーターについては今後考えます。どうせ今からフロアボスに挑むので、コメント読む暇もあんまりないと思うし」
:おけ
:てかやっぱりマジでフロアボスに挑むのか
:黎明の人もいるって言っても合計4人で大丈夫か……?
「いや、黎明の人は今回あまり手を出さないらしい。俺とご主人様でアタックする」
:余計エグいじゃん
:イッチは大丈夫だけどご主人様死んじゃったらいやだよ;;
:イッチだけで挑んで、どうぞ
:てか黎明居るんなら上層まで護衛してもらえばいいじゃん
:その黎明が”ダンジョンアタックしろって言ってるんだろ
:……でも、ご主人様の実力があるなら二人で討伐も行けるんじゃないか?
「多分黎明の人も同じ意見を持ってるんだと思う。だから俺とご主人様でアタックしてほしいって言ってきてる」
:断ることはできないの?
「2人も救援に派遣してもらってるんだけど、俺にはあいにくお金が無くて……入学金もまだ支払えてないし……」
:かわいそう
:入学金ってD学の? そりゃ高いわ
:300万くらいだったか、一般家庭でも辛いものがあるよな
「で、支援金をチャラにする条件としてアタックが提示されたんだな、これが」
:ほぼ強制やん
:草
:でもまぁ、流石に危なそうなら黎明の人が助けてくれるでしょ
:大衆の面前で二人の冒険者を見殺しにした、ってなれば黎明の名前にも傷がつくしな
:流石に神腕もそんな愚は犯さないだろうしな
「というわけで、フロアボスアタックします」
「おー」
:いのちだいじに
:かえって来いよ~
:美少女ちゃんだけでも生かして帰ってくれ
:てか、何気にフロアボス配信って初めてだよな
:大体のクランは情報を秘匿してるしね
:これ、歴史に残るんじゃね? ワンチャン
■
4人が部屋に入り込むと、扉が一人でに閉まった。
噂には聞いていたけど、フロアボスからは逃げられないらしい。
入口側だけに灯っていたたいまつがゆっくりと揺らめいて、次の燭台へと火を移していく。
ぼっぼっぼっ、と。燭台へと火がともり切れば……ようやくその姿見え始める。
漆黒の体毛に鋭い牙。俺たちなんてひと飲み出来そうなほどの大きな体。見れば体毛には紫電がまとわりついている。
「……大きい犬?」
「犬にしては獰猛すぎるだろ」
……ご主人様は犬と表したが、流石にこれは”狼”だろう。
今まで俺たちが相手してきたグレーターウルフだって、オオカミなんだし。
つまりここはオオカミの階層だってことで間違いはなさそうだな。
「それじゃあ、俺が前に出る……感じだよな?」
「ん。でもその前に……
ご主人様の手から、青白い光が飛んできた。それが俺を包んだかと思えば、体が一気に軽くなる。
これって……バフ? バフの魔法は存在しないはずじゃ……。
:バフかけた?
:え、マジで? よそ見してたわ
:バフ魔法は体系に存在しないって言われてたのに……。
:それ提唱してたの、黎明のマジック・キャスターだよな
:おう、迷宮省も連名だったからかなり確度の高い情報のはずだけど
:……じゃあなんで使えてるんだ?
ちらりと後ろを振り返れば、アズマもかがりさんもこちらのことをじっと見つめていた。特にかがりさんは今にでも何かを聞きたそうにうずうずしている。
いや俺も聞きたいんだよ。そんなすんなり未知の魔法を出せる理由をさ。でも記憶喪失なので情報は出ません。
というか今から戦いなのにそんなことを聞ける余裕もないです。
「……来るよ」
「おう、じゃあ頼んます、ご主人様」
「任せて、火力は私が出す」
何とも頼もしい言葉だことで……。
でも、グレーターウルフに見せた魔法の腕があるならこの自信も頷ける。
それに、オリジナル・マジックを扱えるのだ。火力に関してはこれ以上なく頼れる。
「問題は俺、ってことだな」
気合いを入れなおさなきゃな。あの鋭い爪が俺に命中しようものなら、死が確定したと言っても過言ではない。
かすっただけでも死にそうだし。あいつの攻撃はすべて回避するくらいの気持ちでいかなきゃいけない。
その場で軽く飛び跳ねても、以前の俺とは敏捷性が明らかに異なっている。これならば回避には支障ないはずだ。
「……出来る出来る、俺なら出来る」
「ん、出来る。アマネなら出来る」
「――行くぞ!」
俺が強く踏み込めば、目の前の狼……黒っぽいオオカミだからシャドウウルフでいいか、シャドウウルフが吠えた。
そして俺に近づいて――前足を振りぬいた。
凄まじい速度だが、俺は見てから回避した。……敏捷性が上がって、反応性も向上しているようだ。
目の前の得物が自身の攻撃を回避したことに困惑しているのか、シャドウウルフは硬直する。その隙に、アルジェントの魔法が飛来した。
「
アルジェントから放たれた氷の槍がシャドウウルフの鼻先に着弾し、大きくのけぞる。その隙に俺はシャドウウルフの首筋へとナイフを突き立てたが……。
カキン。硬質な音がして、はじかれてしまった。
……流石に上層用、しかも安物のナイフでは傷をつけることはかなわないらしい。
「流石にフロアボス、一筋縄ではいかないってわけか……!」
俺は大きく距離をとって、ナイフを構えなおした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます