09:フロアボス攻略前らしい

「――命令、聞いてたね」



 呆然とする俺の頬を、アルジェントはつねる。


 夢でも見ていると思ったのだろうか? いや夢なんて見てない。


 見てないと思いたい。これが現実だと思いたい。


 てか痛すぎる。つねる力強すぎる。痛!


 うわ現実だコレ!?



「マジで魔法使えちゃった!」


「ふふん」


「これ、アルジェントのおかげ?」


「ん。半分は……って言いたいところだけど、違う」



 あの、いい加減頬つねるのやめてもらっていいですか?



「……アマネが、魔法を使いたいと望んでいたから」



 アルジェントがいい感じのことを言ってる。


 あの、いい加減頬をつねるのやめてもらってもいいですか?



「だから、命令を聞いた。無理だって本当に思ってたら、命令は聞いてもらえないから」



 ……そうだ。アルジェントは俺の主として命令権を持っている。ただ、俺の本当に嫌がること、否定していることを強制するような力はない。


 だからこそ、彼女の命令に従った時点で、俺は見抜かれていたんだ。……魔法へのあこがれを。


 いやだってかっこいいじゃん?! これはメラ○ーマではない、メ○だって言ってみたいじゃん?!


 魔力がありませんって言われてガチ凹みしたくらいには憧れてた。諦めたつもりだったけど諦めてなかったんだな、俺。



……あきらめなくてよかった。本当に。



 ただ、さっきの感覚は消えてしまっていた。俺が魔法を使うことができるのは、制御にたけたアルジェントが一緒に居たかららしい。


 でも、魔法が使える。その事実だけで、俺一人では使えないというデメリットは打ち消される。やったぜ。



「でもさ、そろそろ頬は離してくれない?」


「……ん」



 肉ちぎれるかと思った。










 さて、ひと悶着あったものの、俺たちには今差し迫った問題が一つある。


 それは、今下層に居る、という事だ。


 幸いモンスターはアルジェントがいるから問題はない。ただ、シンプルに距離が長い。


 これで俺がフロアボスと呼ばれる番人を倒していれば問題は解決していたのだが、当然雑魚冒険者の俺にそんなモンスターを倒せるはずもない。


 つまりどういうことか。俺たちは飲み食いすることなく、下層から上層へと上がる必要があるってワケ。


 一言で言うと、無理。



「できる」


「できるbotだ」


「ぼっと……? でも、何とかなるとは、思う」



 アルジェントは眠たげにゆるむ瞳を閉じながら、そう呟いた。


 ここがどこの階層かわからないが、上に行くならば2日は確実に覚悟する必要がある。流石に死ねるな……。


 下ならもっと死ねる。そもそもフロアボスはあまりに強すぎて、攻略には15人以上のレイドパーティーを組む必要があるほどだ。


 ……どちらかといえば上だな。そっちのほうがまだ勝率が――。



「下に行ったほうが早そう」


「マジ??」


「微かにだけど、魔法の気配がする。こんなに濃密で緻密な魔法の気配なら、それはきっと転移魔法」


「魔法を感じ取れるのか?」



 俺が問えば、アルジェントはこくりとうなづいた。



「見えるわけでもないけど、感じる」


「滅茶苦茶便利だな、それ……」


「便利。でも周りでは私にしか使えなかった」



 ザ・才能って感じのエピソードだ。うらやましいったらありゃしない。


 でもその魔力を感じ取る力が無ければ、俺だって魔法を使えていないわけで……。



「……フクザツだ」


「?」



 アルジェントは、ただ首を傾げるだけだった。







 気づいたらなし崩し的に下に向かっていた。


 正直怖い。けど、アルジェントが下に行くんだもん。俺一人だったら上に行っても絶対に死ぬ階層だからついていくしかないんだもん。


 門。もんもん言ってたら目の前に門が出てきた。……ということはつまり、ここは10の節目の階層だという事だ。



「ここは……30層なのか、40層なのか……」


「わかるの?」


「わからない。けど、フロアマスターは10階層おきに出現するから、そこ辺りかなって思っただけだ」


「なるほど」



 特に気にした様子もないアルジェント。


 思ったけど、アルジェントってやけに落ち着いてるし調子を崩さないよな?


 もしかしてどこかの姫様だったりして。



「まぁ実際は姫様みたいなもんか……」


「?」


「何でもない。ただ、知らない男の人にはついて言っちゃダメですよ! お母さん許しません」


「……アマネは男」



 至極全う正論パンチ。



「ん、そろそろ行こう」


「マジで入るんですか?」


「マジ」



 現代言葉を使ってそんな風に返してくるアルジェント。


 気軽な感じで言うが、この先は――ベテランの冒険者グループでさえ死者を出さずには攻略できないフロアボスの部屋だ。


 しかも下層のフロアボス。俺たち二人で戦えるとは到底思えない。



「……アルジェント、やっぱりここは上に――」


「アマネ。何か来る」


「え?」



 アルジェントは扉とは反対側……つまり俺たちが歩いてきた側に意識を向け始める。


 ただならない雰囲気に、俺もとりあえずナイフを構える。


 耳をすませば、轟音と……多数の足音が聞こえる。



「……敵が来たら、アマネは逃げて」


「逃げれないけどね」


「……確かに。じゃあ一緒に死んで」


「重――」


「でも、実際そうするしかない。目の前からくる人は……強い」



 ……人? え、誰か来てるの?


 でもここ下層だよ? そんな簡単に来れるわけ――。



「来ちゃった♡」



 後ろから声がして、とっさに振り向いた。


 そこには、俺の胸くらいの身長の女の子がいた。それもとびきりの美少女だ。


 ……それに、その顔には大変見覚えがある。


 ぴょこぴょこと跳ねているとび色の髪の毛に、獣の耳を象ったニット帽。


 空色の瞳を楽しそうに細める彼女は――ついさっき、配信でも話した国内トップクラスのトラベラー。


 獣聖ワイルドビーイング。獅子山かがり。


 彼女は、まるであいさつでもするような気軽さで、いきなり俺たちの目の前に現れた。



 

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