07:閑話/とあるクランマスターの騒乱


「――」



 静謐が横たわる執務室。山のように積まれている書類に、常人では認識できないほどの速度で目を通す一人の男が居た。


 切れ長の瞳にシルバーフレームの眼鏡。切りそろえられた黒髪のつややかさは、たとえ同性だとしても見惚れてしまうほどの美しさがあった。


 何せ、軽くコーヒーに口を付ける所作でさえ色っぽいのだから。そんな彼の静けさを打ち砕くように、扉が強かにたたかれた。



「――かいちょぉ~!」


「……ノックはもっと静かに叩け、かがり」



 書類を進める手を止めて、入ってくる少女をたしなめる。


 ぴょこぴょこと跳ねているとび色の髪の毛に、獣の耳を象ったニット帽。


 空色の瞳のゆるふわ系である彼女は、国内トップクラスのトラベラーである、獅子山かがりその人だった。


 150cmもない身長を精一杯に跳ねさせて、身長180cmを超える男へと、必死に何かを見せようとしていた。



「なんだ、これは」


「今ちょーバズってる配信! かいちょーもきっと気になると思って!」


「私は今仕事中なのだが……」



 しかし、と会長と呼ばれた男は振り返る。


 かつて、かがりがこのように持ってきた話にハズレは一つとしてない。


 ふざけている態度のように見えるが、しかしかがりの直感はあまりに鋭い。……何せ彼女は、国内トップのトラベラー。


 当然ながら、察知能力も高い。……むろん、それは戦闘のみに限った話ではない、という事だ。


 会長はわずかに興味がわいて、スマートフォンの画面を見る。そこには、絶世、いや傾国と表現してもなお足りないほどの美少女が立っていた。



「……これは、この世ならざる美しさだな」


「でしょ? でもねー、そこじゃないの」



 このアーカイブのすごいところはここからなの、とかがりが導くままにスマートフォンの画面を見る会長。


 すると、少女は何もないところから杖を取り出した。眉尻を少しも動かず、しかし感心したように会長はつぶやく。



「アイテムボックス持ちか。国に一人いればいいほうの人材だな」


「それもすごいよね」


「……も?」


「うん、も、だよ」



 見ててね? とかがりが再生ボタンを再び押下する。


 すると、画面越しに聞いたことない言語による――詠唱が開始された。


 これには会長はいぶかし気に眉を寄せた。



「詠唱だと?」


「聞いたことないよね。ちなみにさきっちも同じ意見だったよ」



 なるほど、と会長は頷く。男の知る限り最高峰のマジック・キャスターがそういうのなら間違いない。


 だからこそ、これをかがりが見せる理由に興味が沸き上がってくる。仕事などそっちのけで、アーカイブに見入る。


 赤い体毛の狼が間近に迫って、男の声が聞こえた。……ダンジョンストリームではよくある結果に、会長も知らず瞳孔を開いていた。


 しかし、その予想は良い意味で裏切られる。



『――口遊くちすさべ、白薔薇ホワイト・ローズ



 その言葉に、会長は思わず身震いした。何が起こるかも知らないし、何が起こっているかもわからない。


 ただ確かなことは――彼女はオリジナルの魔法を使っているという確信だった。


 それは並大抵のマジック・キャスターでは成しえない極致の一つ。体系化された魔法をとことん研究した末に生まれる、その人なりの代名詞でもあるのだ。



「……”白薔薇”」


「うん。今やほとんどの人は、この人をそう呼んでるよ」


「当然だ。これは――凄まじい」



 オリジナルの魔法を扱った、だけではない。これはひどく実戦向きの魔法であると会長は踏んでいた。



「なるほど、感応式の魔法か」


「すっごーい、そこまでわかるの?」


「かがりほどではないが、私も国内では指折りのトラベラーだ」



 今は、一線を退いて組織の運営をしているが。……と付け加えて、会長はすぐにスマホを取り出した。


 ストリームを開き、この配信を行ったチャンネル――アマネチャンネルをフォローし、通知もonにし、その上で電話をかける。


 あてさきは……彼が運営する超大型クランの、二大巨頭の一人。



「――アズマ。君に会って欲しい人がいる」



 

 

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