02:死よりもなお恐ろしいことがあるらしい

 目が覚めた。頭の裏がゴツゴツとしていて、滅茶苦茶痛かったからだ。


 眠気でいまいちはっきりしない視界で周囲を見れば、そこはどうやら洞窟のような場所。


 ……洞窟。洞窟?! このダンジョンで洞窟型の階層が現れるのは下層からだったはず。


 つまり、俺は……。



――よくわからない光に巻き込まれて、下層に転移した……?!



 すぅっと、手の力が入らなくなって、血の気が消えていく。


 まず間違いなく、俺は死ぬ。今このダンジョンの下層にアタックしているトラベラーの情報もない。


 つまり、救援が来る可能性は皆無。今すぐ死ぬことはないけど、いやもう死ぬことはほぼほぼ確定したようなもので。


 実感が薄い。というか、死ぬという事実の前に何も考えられない。頭がふわふわとする。



「あはは、死ぬのか、俺」



 声に出してみても実感が伴うことはない。ただ、視界が伝えてくる情報は明らかに俺の生存確率が無いことを示している。


 思考が追い付かない。なんでこんなことになったのかもわからない。怒ることもできなければ、悲しむこともできない。


 ……もしかして、これは夢なんじゃないか。今頃俺は草原で寝てしまっていて、これは悪い夢なんじゃないだろうか。


 ごん、と。近場の壁に思い切り頭をぶつけてみる。まあしっかりと痛い。つまりこれは夢ではないという事だ。



「あは、あはは……」



 痛みで冷静さを取り戻した。……取り戻してしまった。


 事実が重くのしかかる。もう俺は、生きて地上に出ることはできないんだ。


 そう思うと、やり残してきたことが脳裏によぎる。


 ……いや、思ったよりもやり残してきたこと少ないかも。


 でも死ぬのは本当に嫌だ。何も為せないまま死ぬなんて、本当に……。



――こういうとき、漫画の主人公はどうしていた?



 ふと降ってわいた声。心の中の俺が、俺に問いかけてきた。


 漫画? 漫画の主人公ならここであきらめずに前に向かうはずだ。


 それで危機的状況から抜け出して、美少女と一緒に世界を守る戦いへ――。



――お、おう。美少女はともかく、あきらめちゃダメだ。それに、知り合いにHDD見られていいのか?



 ……それだけは何卒勘弁を!!!!


 HDDの中には、俺が集めたお宝秘蔵映像がたくさん眠っている。

 

 万が一見られでもしたら、尊厳が無くなってしまう! 基本的人権の尊重!



「がぜん生きて帰る気持ちが沸き上がってきた、流石心の中の俺――」



 俺を数倍筋肉マッチョメンにした感じの脳内の俺が、白い歯を見せて笑っている気がした。


 生きて帰って、HDDをたたき割らないと死んでも死にきれない……!


 ナイフを構えた瞬間だった。少し距離はあるが、衝突は避けられないくらいの位置から、獣のうめき声が聞こえて。



「……やってやる、やってやるさ!」



 暗くて何も見えないが、ナイフを突きつける。


 すると、闇の奥からぬるりと、オオカミのようなモンスターが現れる。


 赤い毛並みに太い牙。間違いない、グレーターウルフだ。


 やっぱりここは下層なんだな、と理解すると同時に震えてきた。


 死ぬかもしれない。そんな気持ちが頭の中一杯に満ちる。


 でも、それよりもHDDの中身がバレることのほうがよっぽどいやだった。



「殺してやる」



 俺はナイフを構え、グレーターウルフに突っ込む。


 グレーターウルフもまた、俺のことを敵だと認識したのか突っ込んでくる。


 大きくて太い、そして鋭い牙。アレに貫かれれば、俺はひとたまりもない。



「それでもっ――!」



 守りたい世界があるんだぁッッ!!!!


 ナイフを大上段に構え、振り下ろし――。


























「……氷槍アイシクルランス


 横合いから声が聞こえたと思えば、グレーターウルフは消し飛んでいた。


 何が起きた?

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