第6話 当日

 オフィスビルが込み合う時間帯、朝の七時から八時の間。


 歓楽街とオフィス街が入り乱れる都会街の一画、連なるタワー群の一つであるガラス張りの塔のように佇むビルの二重自動ドアを入ると、一階は中央に受付嬢が二名、鎮座している。壁際にいくつものエレベーターが点在していて、右奥にはコンビニ。左奥には有名なカフェ店がオープンしていて、手前とこのビルの外側、敷地内でのテラス席がいくつか設けられている。このような豪華な佇まいでこの場所に移転できたということは、私の会社はかなりの経常利益が上がったんだろうと伺える。


 地下には駅への直通で繋がっている地下街へと行くことも出来て、そこは多くの人で賑わっていた。


 早めの行動をしなければならない私は自宅を早朝に出ていて、順調にたどり着いた為に少し時間に余裕があったのでコンビニで飲み物などの必要になりそうな物を購入し、ビルの反対側も探索しておこうと思った。念のための逃走経路の把握としてだ。


 コンビニの反対側の出入口から出てみると、ビルの側面に降り出たのでそのまま裏側へと向かう。すると反対側が街のメイン道路へ面していて、一般人も出入りでき店舗のテナントを多く貸し出している商業エリアだった。裏だと思っていた反対側がメイン入口のようで、様々なアパレルや雑貨、飲食店など、多くの店が並ぶショッピングモールのような雰囲気があった。これらを知らずにこの目立った表から入ってしまった新入社員や関係者などは、こういった複合オフィスビルだとオフィスエリアにどうしても到達できない構造の建物を右往左往しなければならない運命だっただろう。私はたまたま裏の入口から侵入できたことを、小さな幸運だったと思うしかない。


 オシャレで彩りが鮮やかな看板や各お店の入口周辺が乱立し、その一階フロアは吹き抜けていてそのまま地下一階へと降りる階段が左右へと交差している。

 降りてみると、そこはちょっとしたイベント会場のような作りになっていて、小さなコンサートやライブが行えるような舞台が中央に設置され、その天井は雨避けのようにアーチ状のガラス張りで区切られている。よくテープカットをしている偉いさん達や、駆け出しの芸人が漫才をしていたり、ソロから四重奏程度の演奏が舞台上で繰り広げられている姿が連想され思い浮かぶ。

 小さな舞台会場の反対側は様々な地下連絡通路となっていて、他の商業施設や駅構内へと張り巡らされているのでどこにでも逃げれそうな場所でもあった。最悪の場合はこのルートであれば、直ぐに人気が多い場所へと行けてそのまま逃走も可能だろうと目測する。


 間もなくして私は上司へと連絡し、彼の出勤と同時に事務所へと入っていった。


 皆が出勤する時間帯はひっきりなしに、人がビル内にまるで底なしのブラックホールのように人を飲み込んでいく。どんどんと人を運び、反重力でも作用しているかのようなそのエレベーターという『箱』は、現在、誰よりも稼働し寡黙に働いている。


 私の鼓動は張り裂けそうなほど胸部の太鼓を叩き、汗だくになりながら乗り合わせた全員を警戒態勢で見守っている。上司には入社初日から私が高所恐怖症ということと閉所恐怖症だという事にしている為、何度も「大丈夫か?」と気遣ってくれていた。だったら下で上司が書類を受け取るだけにしてくれればいいものの、新オフィスの見学兼、移転ついでに着任した支社長への挨拶がまだだったのもあり、仕方が無く顔を出さなければいけなくなったのです。

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