第105話 実は母親でした(その3)
「ちょうど良いところにスナック菓子があるわね」
「そっ、それ、僕と頼子さんで買ってきたお菓子」
恵子は仁と頼子が食べるために購入していたお菓子を見つけ、買い物袋の中を漁りだした。
「飲み物は滞在分と思って予め購入していたものがあるけど、仁、近くのコンビニでおつまみを買ってきなさい」
「えっ? もしかして今から飲む気?」
「当たり前じゃない。親友との再会を祝って飲むに決まっているわ」
恵子は仁に向かっておつまみを確保してくるように言った。そのあと何処からともなくビールの入った箱を持ってきて、すぐに頼子と飲もうとしていた。
「仁君、私を置いていかないでぇ」
頼子を置いた状態で買い出しに行こうとしていた仁に対し、プルプル震えた子犬のような視線を送っていた頼子であったが、仁も母親の言われたことに逆らえなかった。
「ごめん、すぐに戻ってくるから」
「はい、はい。調達部隊を見送ったら、飲むわよっ。景気付けに1本ね」
仁は頼子に対し、申し訳ない気持ちを表してから、コンビニまで買い出しに行った。
「恵子、学生時代はもっと大人しい感じだったけど?」
「ふっ、人生いろいろあるのだよ。頼子クン」
年齢を重ね、性格が変化することはよくあることだが、頼子の記憶にあった学生時代の恵子と比べ、多少面影はあるものの、目の前にいるのは同じ記憶を持った別人のように感じられるほどであった。
「さ、さ、再開を祝って乾杯をするわよ」
「「乾杯」」
恵子と頼子はリビングテーブルを向かい合わせる形で座り、1本目のビール缶の蓋を開けてから互いに缶を合わせて乾杯した。
「そうねぇ、互いに近況報告でもしましょうか。私は学校を卒業してから……」
2人はビールを飲み始めてから少し経ったところで、再会するまでにどのような生活を送っていたが語り始めた。まずは恵子の方から話し始め、結婚、出産、育児など今に至るまでのことを頼子に語った。
「……こんなかんじかしら。次は頼子の番ね」
「私は学校を卒業してから……」
恵子が話し終えると、次は頼子が話し始めた。元夫と結婚するところから離婚まで、それと音羽の出産、育児、現在まで1人で育てたことなど、ほとんど苦労話になってしまったが、包み隠さず正直に話した。
「連帯保証人ねぇ。本当にとんでもない男ね」
「私が彼に言われるがままサインしてしまったのが悪かったの」
近況を語り終わり、恵子と頼子の話題は前夫が残した借金の話題になっていた。
「その借金がなければ、母娘でも、もう少しまともな生活ができそうなのに、その上に慰謝料や養育費も貰えないとなると本当に苦労していたのね」
「そうなの……。今までこういう話をできる相手がいなくて、恵子に会えて本当に良かった。えぐっ、うぐっ」
恵子が頼子に向ける視線は親友そのものであった。頼子の苦労話にしっかりと耳を傾け、それを受け止めるような姿勢を見せたことで、頼子は長年相談できる相手もなく、苦労して娘を育てていたことを労われたように感じ、泣き出してしまった。
「はい、はい。とりあえず、今は飲みましょう」
「ありがとう。恵子」
恵子は少しでも嫌な気持ちを忘れて欲しいと思い、2本目のビール缶を頼子の前に差し出した。
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