第103話 実は母親でした(その1)

「かっ、母さん」


 呼び鈴も押さず、家の中に入ってくるような人物は、招かざる客か同居する家族くらいである。リビングに姿を見せたのは、父親の単身赴任先へ一緒に付いていった仁の母親であった。


「あら、あら、家に誰もいないからって、女の子を連れ込むなんて仁も成長したわねぇ。お邪魔だったかしら?」


 そう言いながらも仁の母は、相手の女性が気になるようで、仁の体に阻まれて見えない相手を何とか目視しようとしていた。


「仁君、この方はお母さん?」

「そうだよ」

「お母様、このような恰好で申し訳ありません。仁君、ご挨拶をしたいから少し離れて欲しいな」

「ご、ごめん」


 仁が頼子の上に被さっているため、頼子と仁の母親は互いに顔を合わせていない状態であった。頼子は仁に移動してもらうようにお願いして、仁の母親に挨拶をすることにした。


「初めまして、お母様。私は仁君とお付き合い……」

「凄く久しぶりねぇ。誰かと思えば頼子じゃない」

「「え?」」


 頼子は深々と頭を下げて、仁の母親に挨拶をしようとしたところ、彼女から予想外の言葉が出てきた。頼子は自分の名前が呼ばれたことに驚き、仁は知っている名前と異なるものを聞き、双方別の意味で驚いていた。


「学生時代とあまり変わっていないから、すぐにわかったわ。頼子がうちの息子と付き合っているなんてねぇ」

「えーっと、も、もしかして恵子?」

「もしかして親友の顔を忘れてしまったの? まあ、頼子みたいに昔と変わらない姿なら良かったのだけど、年を重ねて今は完全におばさんだからね」


 頼子と仁の母親、兼田恵子(かねだけいこ)は顔見知りであった。思いも寄らない再会に2人は驚いていた。


「母さん、これはどういうこと?」

「もしかして知らずに付き合っていたのね。この子は学生時代の同級生で、親友だったの。高校を卒業して疎遠になって連絡を取らなくなったのだけど、元気そうで良かったわ」


 仁は母親の恵子に対し、頼子との関係を尋ねた。すると同級生だという話を聞き、目の前の人物は、仁が思っている人物とは別人で、年齢も親子ほど離れていることを改めて知った。


「仁君、ごめんなさい。アナタを騙す気ではなかったの。初めて会った日に好きになってしまって、それからなかなか言い出せなくなってしまったの」


 頼子は、もうこれ以上隠し通せないと思い、今まで隠していたことを打ち明けることにした。


「もしかして、私、余計なことをしてしまったかな」


 恵子は仁と頼子の会話を聞いている限り、2人の間に割って入ってしまったことで、関係が良くない方向に進もうとしていたことに気付き、話が終わるまでキッチンに置いてあった椅子に腰掛けて、口を出さないように心がけて見守る姿勢を取った。

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