第87話 カラオケ交流会(その2)

 パチパチパチパチ


 トップバッターの男子が歌い終えると、まばらな拍手が起こった。


「よし、次行くぜ」


 そして、入れ替わるように次に控えていた男子がマイクを持ち、次の曲に備えた。


「お待たせしました。注文のドリンクです。順に言いますので注文された方に回してください」

「ほいほーい」


 2番手が歌い始めたタイミングで、店員がキッチンワゴンに注文した飲み物を乗せた状態で入ってきた。そして手の空いている者達が手分けをし、それぞれに飲み物が行き渡るように動いた。


「しくしく、みんな飲み物の方に関心が集まって、ボクの方なんて聴いてくれない」


 みんなの飲み物が行き渡ったころ、2番手で歌った男子の曲が終わった。残念ながら彼のことなど、飲み物を回していたため誰も見ていなかった。そのため歌い終わっても拍手がなく、彼は完全に落ち込んでしまった。


「はい、はーい。私達、3人で歌います」


 次に曲を入力したのは仲良し女子3人組であった。彼女たちが入力した曲は今人気絶好調のアイドルグループが歌う曲であった。


「はい、兼田クン。月見里さんはこれね」

「「ありがとう」」


 日花里は回ってきたアイスコーヒーを仁と音羽の前に置いた。自ら進んで気配りができる彼女に対し、2人はひと言、お礼を言うことしかできなかった。


「ねぇ、ねぇ。日花里ぃ、リモコン欲しいんだけどまだ?」

「今入れるから、もうちょっと待ってねぇ」


 その間、日花里はリモコンを持ったままで、他の女子から回して欲しいと頼まれていた。


「じゃあ、私、兼田クンと歌うわ。ねぇ、ねぇ、この歌いけるかな?」

「うーん、どれどれ。大丈夫だよ」

「それじゃ決まり。月見里さんも、今のうちに入れておくと良いよ」


 日花里は仁とデュエットを歌いたいと言い出し、仁が歌えるか確認を取ってから番号を入力した。そして入力を終えるとリモコンを音羽の方に差し出した。


(いきなりリモコンを渡されても困るんだけどなぁ。音楽の授業で習った曲は場の空気を下げそうだし、お母さんがよく歌っていた曲にしてみよう。えーっと、これ、どうやって入力するのかな?)


 リモコンを受け取った音羽は、幼いときに頼子がよく歌ってくれた曲の番号を入力しようとしたが、スマホすら持っていないデジタル音痴な彼女にとって、難易度の高い作業であった。


「ららら♪」


 日花里が入力している間に、もう片方のリモコンで別の女子が曲番号を入力して歌い始めた。画面には少しの差で遅れて入力された日花里の曲が次曲と表示されていた。


「月見里さん、もしかして入力の仕方がわからない?」

「えっと、その……」


 音羽の動きがぎこちないことに気が付いた仁は、音羽に困っていないか尋ねてきた。


「僕が入力してあげるよ。何て言う名前の曲?」

「えーっと、ぼそぼそぼそ」

「了解。この曲、僕の母さんも好きな曲なんだ」

「そっ、そうなのね」


 仁は音羽から申告のあった曲名を検索して、無事に入力を終えた。その間、日花里は歌っている女子に向かって合いの手を入れていたため、2人のやり取りには気が付いていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る