第88話 カラオケ交流会(その3)
「次、私だから、マイク貸して」
次に日花里が歌う順番が回ってきた。先ほど歌っていた女子に対し、マイクを回すように言った日花里の手には、既に1本マイクが握られていた。
「ひかりん、マイクだよ」
「ありがと。はい、これは兼田クンのね」
「お、おう」
日花里は回ってきたマイクを受け取ると、それを仁に手渡した。
「兼田クンと歌いまーす」
「ひかりん、抜け駆けだぁ」
「これって2人で歌うつもりだったのね」
日花里が仁と歌うことを宣言すると、一部の女子から抗議の声があがった。
「ふっ、ふっ、ふっ。隣に座った同士の特権なのだよ」
抗議した女子を前に日花里は冗談っぽく答えた。その言い方は半分ふざけているようで、相手側も嫌みとは受け取っていない様子であった。
「「ららら♪」」
そして日花里と仁は2人でデュエットを歌い始めた。この歌は付き合いだしたカップルの気持ちを表したもので、仁や日花里の世代ではよくカラオケで歌われている曲であった。
パチパチパチ
2人が歌い終わると、クラスメイト達から拍手がおこった。日花里の歌は声が綺麗なのでまあまあ聴けるものであったが、それに対し仁は、あまり歌が得意ではなかったため、その場の勢いで歌いきった感じであった。
「兼田クン、お疲れ様。一緒に歌えて楽しかった」
日花里は満面の笑みを浮かべながら仁を労った。
「知らない曲だなぁ」
「いつ頃の曲なのかな」
「おい、おい、こんな古い曲を入れたのは誰だよ」
日花里と仁の歌が終わり、次の曲が流れ始めた。曲の流れが今は使われなくなったもので、この場に居るもののほとんどが知らないものであったため、場の雰囲気が少し下がった感じになっていた。
「……あの、私です」
音羽の手には日花里から回ってきたマイクが握られていて、歌う準備が整っていた。心ない言葉に対し、音羽はマイクを通し、か細い声で答えた。
「あ、月見里さんが入れた曲なんだ」
「歌う気だったんだ」
「彼女、居たんだ」
曲を入力したのが音羽だと知ると、一瞬、会話の声が途切れ、元気が出そうな前奏だけが部屋の中に流れていた。
「月見里さん、1人で歌い辛かったら一緒に歌おうか?」
「……おねがいします」
音羽はクラスの中でクラスメイト達との接触を断っていたため、評判がとても悪かった。そのためマイクを握っていた音羽に対し冷たい視線が向けられていた。音羽はそれに耐えられず、握っていたマイクを離そうとしていた。彼女の様子に気が付いた仁は、そっと背中を押すように音羽に向かって救いの手を差し伸べた。心細くなっていた音羽は、思わずその救いの手を握ってしまった。
「2曲続けて悪いけど、僕、月見里さんと一緒に歌うから」
「「えーっ!」」
仁は次の人に回さず手にしていたマイクを持ってそう宣言すると、一部の女子から驚きの声が上がった。こうして仁は日花里に続き音羽とも一緒に歌うことになった。
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