第86話 カラオケ交流会(その1) 

「飲み物の注文を取るよ。それぞれ言って」


 連絡用インターホンの前に座っていた女子が飲み物の注文を取り始めた。このような役割を担うのは、インターホンから近いところに座った者が担当することが多い。


「じゃあ、オレ、オレンジジュース」

「私、サイダーにしようかな」

「レモンティー」


 注文のとりまとめを行っている女子は、鞄からメモ代わりのノートを出して注文を書き留めていった。


「うーん、どうしようかなぁ。アイスコーヒーにしとくね。兼田クンと月見里さんは何にする?」


 仁の隣に居た日花里が注文を言った後、仁と音羽に対して何を注文するか尋ねてきた。


「僕も同じ物にしようかな」

「了解。月見里さんはどうする?」

「えーっと、私は……」


(半ば勢いで連れてこられたのに、どうしよう。飲み物は別料金みたいだし)


 仁が日花里と同じものを選択し、日花里は音羽に再度、何を注文するか尋ねてきた。だが、音羽はテーブルに置かれている食べ物や飲み物のメニュー表と睨めっこをしながら、どうすれば良いか悩んでいた。


「……水」


 このカラオケ交流会の会費も払えるか怪しい状態で、更にドリンクなど頼んでしまったら間違いなく財布の中が詰むと思った音羽は、苦し紛れに水を注文した。


「うーん、この店はワンドリンク制だから、人数分の飲み物を注文しないといけないルールなんだよねぇ。水は注文できると思うけど、メニューに書かれているものを1品注文しないと駄目なんだ」


 この店は入店した者は、必ず何か1品飲み物を注文するルールになっている。水も飲み物ではあるが、メニュー表に記載されているものという注書きがあるため、日花里は申し訳ないという顔をしながら音羽に言った。


「月見里さん、もし、お金のことを気にするなら、僕が……」

「これだけ人が居るところで、兼田君に出してもらったら恥ずかしいから止めて」


(あう、あう、兼田君が助け船を出してくれたのに、思わず蹴ってしまったよぉ)


 音羽の事情を察した仁が、他の人に聞こえないように助け船を出したが、音羽はクラスの人達に変な目で見られたくなかったため、思わず断ってしまった。当然のことながら言ってから後悔したが、今更お金を出して欲しいと言えるほど図々しいことはできなかった。


「……アイスコーヒーで」

「わかったわ。私達3人、アイスコーヒーでよろ」

「ひかりん、了解だよー」


 仕方なく音羽は、仁と日花里と同じアイスコーヒーを注文することにした。それを受けた日花里は、注文をとりまとめている女子にアイスコーヒーを3人分注文することを伝えた。


「さ、さ、入力は早い者勝ちだよ。兼田クンと月見里さんは何を歌う?」

「そうだなぁ」

「わっ、私、歌えるものなんかないかも」


 この部屋にはカラオケ用のリモコンが2台置かれていたが、そのうちの1台を日花里が持っていた。タッチパネルの画面を見せながら、仁と音羽に何を歌うか尋ねてきた。仁は何か歌えそうなものがないか画面と睨めっこをしていたが、音羽の家にはテレビやラジオがない上に、ネット環境すらないため歌える曲と言えば音楽の時間に習った曲や、幼い頃に母親が歌ってくれたものくらいしか思い当たらなかった。


「お先ぃ。オレ歌うぜ」


 目立ちたがり屋の男子が、女子にアピールするために、もう1つのリモコンで曲番号を入れてマイクを持った。すると、最近テレビでよく聴くイケメン男子グループが歌う曲の前奏が流れ始めた。

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