第55話 貢ぎ物(その1)
「ところで兼田君は、この店で昼食の買い出しかな?」
「そうだよ。それもだけど、昨日、月見里さんを困らせてしまったから、昼食にお詫びの品を差し入れようかなって思っていたところなんだ」
「困らせた?」
(昨晩、音羽は何も言っていなかったけど、2人の間に何かあったのかな? ってここで聞き返したらいけなかったわね)
仁は音羽本人だと思って話していたが、聞いているのは頼子であるため、困らせた内容がわからなかった。頼子は反射的に聞き返したところで、聞いてはいけないことだと気が付いてしまった。
「その、月見里さんの口のまわりに付いた生クリームを、こんな感じですくい取って思わず舐めてしまったことかな」
(あら、あら、まあ、まあ。兼田君が気にしているのなら、あの子のとこだから、恥ずかしくなって逃げてしまったのね)
仁が昨日のことを再現するように、手の動作を入れて説明すると、音羽の母親である頼子は、何となくその後に起こったことを察した。
「ごめんなさいね。少し恥ずかしくなってしまったの。私はまったく気にしていないから大丈夫よ」
「そう言ってくれると助かるよ。怒らせたかなって心配していたんだ」
頼子は音羽の気落ちを代弁するように答えると、仁は安心した表情を見せた。
「いけない。そろそろ向かわないと遅刻になっちゃう」
「えっ? あっ、そうだね。一度家に帰って学校に行く支度をするんだよね」
「あっ、そ、そうね。それじゃ兼田君、また日……じゃなかった、また後でね」
(少し話し込んでしまったわ。急がないと遅刻になってしまうわ)
頼子は仁と日曜日に会う約束を取り付け、上機嫌で職場の縫製工場へ向かった。
「月見里さんって、こんなに朝早くから働いていたんだ。お節介かもしれないけど、昼食は元気が出るものを選んでみようかな」
仁は頼子が早朝から働いていると思い込み、少しでも元気が出そうなものをスーパーマーケットで購入して学校へ向かった。
「おはよう。月見里さん」
「えっ? ああ、おはよ」
仁が教室に入り、自分の席で持ってきたものを整理していると、音羽が登校してきた。仁が挨拶をすると、音羽は少し困った表情をしながら挨拶を返してきた。
「昨日、約束できなかったけど、昼休みにあの場所へ行っても良いかな?」
「また来る気なの? 前にも言ったけど、学校の施設なんだから勝手にしなさいよ。あと、教室では気安く話しかけないで」
「ごめん」
仁は音羽に対して昼休みに過ごしている場所へ行って良いか尋ねると、音羽は呆れた表情をしながら拒むようなことはしなかった。
「待った?」
「べっ、別に待ってないわよ。兼田君が勝手に来ただけよ」
「うーん、そうかもしれない。今日は頑張っている月見里さんにお昼ご飯を買ってきたんだ」
何だかんだで昼休みに入り、仁は音羽の後を追うように屋上に行く階段へ向かった。音羽と合流した仁は、朝に調達したものが入ったレジ袋を見せながら昼食を準備してきたことを告げた。
「別にいいわよ。私は自前で持ってきてるわ」
「じゃあ、交換」
「ふっ、仕方ないわね。今まで通りの白おにぎりよ。後で返せって言っても応じないわよっ」
音羽も目の前にぶら下げられた白おにぎりでない食べ物が気になり、仁の申し出を受けて白おにぎりを差し出した。
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