第56話 貢ぎ物(その2)
「それで、兼田君は何を買ってきたの?」
「疲れているかなって思って、カツ丼にしてみたんだ」
「疲れてる? まあいいや。へぇ、大きなカツが入っていて美味しそう」
仁がレジ袋から惣菜のカツ丼を取り出すと、音羽の目が輝いた。仁は朝仕事をして疲れているだろうと思い、今回は食べやすさよりも少々カロリーが高く、元気が出そうなものを選んだ。
「もちろん飲み物付きだよ。紅茶で良かったよね?」
「ありがとう。いただくわ」
音羽は仁から紅茶の入ったペットボトルを受け取った。
「んーっ、久しぶりのお肉だわ。外の衣も美味しくてご飯に合うわぁ」
それから音羽はカツ丼を食べ始め、一口ずつ味を噛み締めながら咀嚼して飲み込んでいった。
「それじゃ、僕もいただこうかな。月見里さんの持ってきているおにぎりってシンプルだけど、冷めていても暖かみがあって僕は好きだな」
「はむ、んぐっ。私のお母さんが作ったものだけどね。そう言えば、昨日喜んで食べていたことをお母さんに言ったらすごく喜んでいたよ」
仁は音羽から受け取った白おにぎりを食べ始め、昨日同様の感想を言うと、音羽は母親が喜んでいたことを告げた。
「兼田君、美味しかったわ。ありがとう」
「いえいえ。僕の方もごちそうさま。あと、デザートもあるけど食べる?」
「えっ? 今日もあるの?」
昼食が終わり、仁がデザートを用意していることを告げると、音羽の目が輝いて期待の視線を送っていた。
「はい、どうぞ」
「これってシュークリームよね。すごく大きいわね」
「大は小を兼ねるって言うから、特大サイズを選んでみたよ」
仁が用意した物はシュークリームで、通常の倍くらいのサイズがあるものであった。音羽はその大きさに驚いた表情で見ていた。
「食べても良いんだよね?」
「もちろん」
「じゃあ、いただくわ。はむっ、皮の部分とカスタードクリームが絶妙に合わさって美味しいっ」
音羽は包装を剥がし、少しずつ口の中にシュークリームを運んでいった。仁は音羽の顔を見ただけで満足してくれていることがわかった。
「はぁ、本当は兼田君が今日も何か持ってきてくれるかもって期待していたのよねぇ。このままの状態になってしまうと、いけないと思うんだ。だから、こうして一緒に食べるのは今回が最後。もし、また来るというのなら、私は別の場所で食べることにするわ」
「どうして一緒に食べるのがダメなんだ?」
音羽から昼食を一緒に過ごすのは、今回が最後だと告げられて仁は理由を尋ねた。
「前に少し話したけど、私の家って昼食に白おにぎりしか持ってこられないほど生活に困っているの。兼田君は知ってるかわからないけど、私って奨学金をもらってこの学校に通っているんだ」
「そうだったんだ」
仁は音羽から奨学金をもらい、学校に通っていることを聞かされて驚いていた。
「家にお金がないから無駄なお金が使えなくて、友達と遊んだりなんてできる余裕もないの。辛い思いをしたくないから、学校では友達を作らないようにしていたのだけど、このまま兼田君と一緒に昼休みを過ごすと、貴方に対して友達として接しなければならなくなるわ」
「僕は別に構わないけど」
「私が構うのっ。だから昼食を一緒に過ごすのは今日が最後。わかったわね」
音羽から一方的な要求を突きつけられ、仁は友達だと思っていた女性から拒絶され、ショックを受けてしまった。
「食べさせてもらって、すごく感謝はしているわ。だから、こういう言い方をするのはとても心苦しいけど、学校ではもう話しかけてこないで。そういう訳だから」
「あっ、月見里さん」
音羽はそう言い残し手荷物をまとめると、そのまま階段を下りていった。
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