第53話 ストーカー?(その13)

「はぁ、あんな感じで別れてしまうと、教室で顔を合わせ辛いなぁ」


 結局、仁は昼休みが終わる直前まで屋上に繋がる階段で過ごし、教室に戻ることにした。


(月見里さんは……席に付いてる)


 仁は教室に入り、自分の席に座った。前の席は音羽が既に座っていて、次の授業の準備をしていた。


「あのー、月見里さん、さっきはゴメン」

「べっ、別に気にしてないわよ。あと、気安く話しかけないで」


 仁は音羽に話しかけたところ、珍しく返事が戻ってきた。言い方はキツかったが、それを聞いただけで、仁は嬉しく感じてしまった。



(あれから話せないまま放課後になってしまった)


 だが結局、このあと2人は会話を交わさないまま放課後を迎えてしまった。仁はいそいそと帰り支度を整えている音羽の後ろ姿を見ながら、どのように話しかければ良いか考えていた。


「それじゃ、兼田君、また明日」

「えっ? えっと、また明日。月見里さん」


 仁の思考に割り込むような形で、音羽の小さな声が聞こえてきた。挨拶をしてきたことに気が付き、仁は慌てて返事した。音羽は仁の言葉を聞いた後、教室から出て行った。


(うーん、今日は少し機嫌が直ってくれたかな?)


 今まで教室でまともに会話も交わせなかった音羽と、少しだけでも話ができるようになった仁は、彼女の機嫌が少し直ったかもしれないと感じていた。


「さて、帰るか」


 仁は一定の成果があったと評価し、家に帰ることにした。




「ただいま」

「お母さん、おかえりなさい」


 音羽が帰宅した月見里家では、いつものように音羽は頼子が帰宅するまでの間に夕食の支度をしていた。ちょうど支度が終わったころで頼子がパートの仕事を終えて帰宅した。


「ねえ、音羽」

「なあに? お母さん」

「今日の昼食はどうだった? 兼田君はおにぎりを食べてくれたかしら?」


(今朝のお母さんって、おにぎりを作るのに気合いを入れていた気がするけど、成果が気になるんだ)


 頼子は着替えをしているときに、音羽に昼食のことを尋ねてきた。音羽は今朝のことを思い出し、昼食用に持たせてくれた白おにぎりを作るときに、頼子がいつもより気合いを入れていたことを思い出していた。


「兼田君は、白おにぎりを2つ食べたよ」

「そうなのね」


 音羽は仁が食べたおにぎりの数を頼子に教えると、満足した表情を浮かべながら嬉しそうにしていた。


「でも、そうすると音羽はおにぎり1個しか食べていないわよね? 昨日も1個だけだったし、お腹がすいていない?」

「それは大丈夫。兼田君が持ってきていたアーモンドミルクが入ったおひるのサンドって言う惣菜パンと交換したんだ」

「おひるのサンドかぁ。あれを1個買おうと思うと食パンが2斤買えてしまうから、手が出ないのよねぇ。お母さんも食べてみたかったわ」


 頼子は音羽がおにぎりを1つしか食べていないことを心配して尋ねると、音羽は代わりにアーモンドミルクの入ったおひるのサンドと交換したことを伝えた。それを聞いた頼子はとても羨ましそうな表情をしていた。


「実は、私用にってフルーツサンドまで用意してくれたんだ。兼田君が細かいところまで気が使える人だとは思わなかったわ」

「さすが兼田君ね。そう言う細かい心遣いができるところが良いのよねぇ」

「えっ? お母さん、何か言った?」

「なっ、何も言っていないわ。さあ、さあ、音羽の話を聞いていたらお腹が空いたわ。早く夕食にしましょう」


 音羽の話を聞き、頼子は仁のことを考えて思わず声を出してしまった。上手く聞き取れなかった音羽は頼子に尋ねたが、頼子は誤魔化すように夕食にしようと促した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る