第16話 初デート(その12)

「これで展示は終わりのようね」

「そうみたいだね。思ったより大きな水族館だったよ」


 仁と頼子は昼食後、残りの展示を見て回った。この水族館は、全国的に見ても規模が大きい方の施設で、すべての展示を見て回るだけでも、多くの時間を要してしまった。


「最後に売店があるけど、行ってみようか?」

「えっ、ええ」


 このような施設はすべての展示が終わり、出口手前に土産物などを扱う売店が配置されていることが多く、この水族館も同様の配置になっていた。比較的広いスペースが確保され、この水族館で展示されていない種類の魚などを含めたグッズ類も取り扱われていた。売店内は土産物や訪れた記念になるような物を選んでいる家族連れや、カップルでとても混雑していた。


「兼田君、売店の中は混んでいるみたいね」

「月見里さん、はぐれないようにお互い注意しよう」

「ええ、それじゃ、こうしておけば大丈夫ね」

「あっ」


 仁が頼子に売店内が混雑しているので、はぐれないように注意するように伝えると、頼子は仁の手をさっと握ってきた。仁は一瞬のできごとに驚いたが、この水族館に来て何度か手を握っていたため、自然な感じで頼子の手を握り返した。そうして2人は手を握ったまま売店内を見て回ることにした。


「月見里さんは何か気に入った物があるかな?」

「えっ? ううん、私は見ているだけで楽しいわ」


 お土産物の定番である菓子類を見た後、アクセサリー類が並べられているところを見ていたが、あまり楽しそうな顔をしていない頼子が気になって仁は尋ねた。


「今日は僕の奢りだから、欲しいものがあったら遠慮なく言ってね」

「えっ、ええ」


(小物類は安い物があるけど、これ以上、兼田君にお金を使わせてしまうと気を遣わせてしまうわ)


 頼子は仁に多くの出費をさせてしまったことを気に掛けていた。そのため売店で何かを選んでしまうと余計な出費になるため、日頃の節約生活で行っている物欲遮断をしていた。


「あっ」


 頼子は断固たる思いで売店内を見ていたが、とある商品に目がとまってしまった。


(イルカのぬいぐるみだわ。すごく大きい。それに肌触りが凄くいいわ)


 頼子は無意識に手を伸ばし、大きなイルカのぬいぐるみを触っていた。その肌触りはとても良く、とても心地が良いものであった。


(月見里さん、あのイルカのぬいぐるみが気に入ったのかな?)


 仁は頼子の行動を見逃さなかった。我が子を愛でるような仕草で、イルカのぬいぐるみを触っている頼子を見て、気に入ったのだろうと思った。


「月見里さん、水族館に行った記念に買ってあげるね」

「えっ、でも、そのぬいぐるみって」


 仁は頼子の触っていたぬいぐるみを手に持ち、レジへ移動した。


「いらっしゃいませ。1点で27500円です」

「これでお願いします」

「かしこまりました。30000円のお預かりで2500円のお返しです。ありがとうございました」


 仁は頼子の身長ほどある、大きなイルカのぬいぐるみを購入してしまった。


「はい、月見里さん。軽いから大丈夫だと思うけど、持てないようなら言ってね」

「え、ええ。ありがとう。兼田君」


(今更いりませんって言えないわ。ごめんなさーい兼田君)


 仁からイルカのぬいぐるみを手渡され、頼子は礼を言って受け取るしか選択が残されていなかった。

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