第11話 下を試したから、上を試す

「システィ、一日でかなり重くなったね。生魚を食べたせいで太ったの?」


 岩場を歩くナギの肩に乗っているシスティに向かって疑問に思うことをたずねる。

 頭に乗っている時も、胸に乗っている時も重さを感じなかったが肩に乗るシスティに重さがある。


「女の子に向かって重いとか太ったとか、よく言えますね。昨日から思っていましたが、他に言うことはありませんか」

「体温があることに驚いたよ」

「貴方は異性から好かれなさそうです。昨日は遠慮して浮いていたのですよ」

「そういうところは他で見せてほしいよ」


 ナギはそう言いつつ目的地に向かって歩いていく。目的の場所は餌のイソイソを始めて手に入れた場所。

 小さな石や大小様々な岩があるため、ナギが試したいことに適していた。


 ナギはシスティに離れるように伝えてから、自身は屈み込み小さな石に向けて小型のナイフを当てて刃を引いた。


「思った通り。さっくりと切れるね」

「……何をしているのですか?」

「見ての通りだよ。昨日はニードルフィッシュをさばくために力を抑えることに集中したから、今日は逆にどこまで切れるかを試す」

「石を切れたことは想像通りなのですか」

「力を抑えるのにかなり苦労したから、これくらいは出来ると思ってたよ」


 もっと力を抜いても切れると思ったナギは自分の感覚に従って同じような石に力を抜いた状態で刃を引いても結果は同じだった。

 このことにナギは驚かないが、システィは驚く他なかった。


 その後もナギは石を切っては徐々に大きな石へと変えて試していく。


「ニードルフィッシュをさばいた時と同じだ。さっくりと切れるから、切った感触がしなくて感覚を掴むのに苦労したけど石も切っている感触がしない」


 ナギはシスティを見ながらそう話すが、システィは呆然ぼうぜんとナギと石を眺め返すだけで反応はない。

 それを確認してからさらに大きな石を切った。

 ナギは5cmから6cmくらいの石をいくつか試し切りしていたがらちが明かないと思い、50cmほどの大きさの岩に刃を当てて引いた。

 岩は切断面が綺麗すぎるほどに、あっさりと切ることができた。


「おかしいよね。力を入れてないし、刃の長さも足りていないのに切れる。ナイフに刃こぼれすらない。こんなことまでスキルがあればできるんだね」


 システィから石を切っている時にステータスが上昇したというのは聞いていない。


「システィ、オシアナ周辺でスライムやゴブリンがいるところまで案内してもらうことはできる?」

「できません。私はステータスやスキルについて伝えるのが役割です」

「そうだよね」

「魔物が出る場所まで行く気ですか? へなちょこには無理ですよ」

「様子見だよ。調べたいこともあるからさ」


 そう言ってナギは街で魔物がいる場所を聞いてみると、一人目であっさりとわかった。

 街の周辺で魔物がいる場所なら知っていて当然だと一人納得して、その場所へ向かっていく。



◇◇◇◇



 王都から続く港町オシアナへの街道をれて東側に三十分ほど歩いた先にある森の入口付近。

 ナギはすぐに近付くことはせずに、入口周辺が見えるぎりぎりの場所の木陰に隠れて観察していた。


「スライムが思っていたよりも気持ち悪い」


 ナギは魔物を見たことがなく、魔物について知識がない。

 唯一、知っているのは魔物種魚科のニードルフィッシュ。こちらは細い角があっても魚類の姿をしているため、それほど抵抗はなかった。


 それとは違い、ナギが見つめる先にいるスライムと思われる魔物は体長30cmほどの塊。色は薄い紫の半透明で、ぶよぶよとしていて動くたびに波打ち、時折身体の一部が少し伸びたりしている。

 ナギが持つ水色のスライムのイメージとはかけ離れていて、この場所を教えてもらっていなければスライムとは思えない姿だった。


「あれが最弱の魔物。持っているナイフだと屈まないといけないから戦うのは厳しそう」


 ナギはそう言いながら周囲を注意深く観察すると、より見た目が気持ちの悪い魔物が目についた。

 全長は120cmから130cmくらいの人型で裸族。肌は赤茶色で人と比べて手が長くバランスが悪い。目を引くのは頭部で、ラクダのこぶのように異様に膨らんでいる。


「ゴブリンかな。あれで下から二番目とか冗談はやめてほしいよ。強そうに見える」

「見つかる前に逃げるほうがいいでしょうね」

「いや、戦うよ。このままだと前に進めない」


 ナギは覚悟を決めてゴブリンへと近付いていく。周囲にはスライムが何匹かいるが、ゴブリンは一匹のみ。

 ゴブリンの視界に入らないようにナイフ片手に進む。

 だが、ゴブリンが歩く方向を変えた時にあっさりとナギの姿が捕捉ほそくされてしまう。

 一直線にナギへと向かってくるゴブリンにナギは無我夢中でナイフを構えた。その姿はまるで大人と子供。

 いざ戦うとなり腰が引けてしまっているナギが子供のほうだが戦闘はすぐに終わった。


「ゴブリンを倒せた喜びよりも臭すぎて吐きそう」


 ナギは真っ二つに切り裂かれたゴブリンを見つめてから、システィのほうを見た。

 システィは驚きの表情を見せているだけで、ステータス上昇などのアナウンスはない。

 ナギはアナウンスがないことに既にゴブリンを倒せる能力値を得ていたのかなどを考える必要性を感じたが、それらを全て後回しにする。


 スライムへと近付き身を屈めて慎重に切り裂く。ナギはスライムが自ら向かってこないことに気付いて周囲のスライムも同じように切り裂く。


 そして、もう一つ気付いたことを試すために周囲を見渡しゴブリンを探す。

 周辺を見渡すついでにシスティを見ると驚いた表情のままだった。


 ゴブリンを見つけたナギは自ら近付いていき、ナギに気付いたゴブリンに対して先程とは違い冷静にゴブリンを切り裂く。

 先程、スライム相手に気付いたことをゴブリンにも試した。


 気付いたことそれは……ナイフが触れていなくても対象を切れるということ――


 あまりの切れ味の良さと、スライムが自ら向かってこないことを利用してナギは思い付いたことをスライムに試していた。

 ゲームなら出来そうという安易な発想からきているが出来るという確信があった。


 そこからはナギの独壇場どくだんじょうである。目につくゴブリンやスライムを狩り尽くしていく。


「調子に乗りすぎた……こんな場所にいてられない」


 一方的に切った結果でしかないが、そこら辺に転がるゴブリンの真っ二つになっている姿に気味の悪さを感じることや、あまりにも臭いことに耐えることができないため住処へ帰ることにした。



◇◇◇◇



 ナギは魔物の返り血を浴びて汚れていることや、魔物臭いことも自覚していたので港街オシアナの通りを歩くことはせずに住処のほうに進める迂回路うかいろを探した。


 街の外周には魔物対策と思われる外壁があるが、王都と比べるとかなり見劣りする。

 オシアナに建ち並ぶ家々よりは強固だと思うが、まだ見ぬ魔族や強い魔物が街を襲うような事態になればどうなるかわからない不安さが湧き上がる。


 街の外壁に沿うように歩いて行くと海に面するよりも先に外壁が途切れていた。

 ナギからすると安全面を考慮こうりょして海の中まで外壁を建てるか、あるいは土嚢どのうを積み上げたりするべきだと感じる。

 そのようなことをしていないことに疑問しか残らない。


 外壁が途切れているところから進むと、それなりの時間はかかったが思っていたよりも早く住処へと到着する。

 自分が進んだ岩場に向かう方角よりも港の方に街が広がっていると目星をつけた。

 知らないのは港街オシアナへ来てから四日しか経っていないことと、街を散策していないことの弊害へいがいである。


 ナギは服を脱ぎ捨て、海へ浮かびながら様々なことを思い浮かべては考えて整理していく。

 乗合馬車で過ごした日が大半だが、それを含めても元の世界で過ごしていた時よりも遥かに濃密な日々を過ごして知り得たことも多数ある。


 考えている最中にナギから離れていたシスティが近付いてきて話しかけてきた。


「貴方はやり過ぎですっ!!」

「システィ、堂々と裸を見るのはセクハラだよ」

「そんなことはどうでもいいです!! 命を大事にしようとは思わないのですか?」

「始めは慎重に行動していたのを見てたでしょ。それに試す必要があったからね」

「危険ですから、あのようなことはもう止めて下さいっ!!」

「システィは矛盾したことを言うね。魔族と戦えと、この世界の人たちが俺たちを攫ってきたんだよ」


 システィが何を言おうともナギが正しい。

 弱いからと追い出されはしたが異世界へと召喚されて、この世界の人たちの変わりに戦えと押し付けたのは事実だ。

 王都で感じた違和感の一つに魔族との戦時下とは思えない暮らしをしていたことがある。


 ナギはいくつかの予想を立てているが、最有力は他人頼りでしかないということだと思っている。

 わざわざ他の世界から召喚したことや、強要したことが主な理由ではあるが〈釣り人〉のおかげでわかることも多数あった。

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俺の主戦場は磯海でした〜異世界召喚された中で、俺だけがモブ〜 茜乃雫 @akane_no_shizuku

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