第2話 幸先良いスタートダッシュ

 その声の主に視線を向けると、茶髪でショートカットの小さな女の子がもじもじしながら佇んでいた。


 視線の先には、私が座ろうとした席が。


「えっと、もしかして、この席に座りたかったですか?」


「え……?あ、あの、その……はい……」


 茶色の瞳が右往左往し、最終的には俯きながら、小さな声ではいと答えた。


 一つ一つの行動が、私の中の庇護欲を刺激してくる。


 か、かわいい……


 思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるが、流石にそんなことはできるはずもなく。


「わかりました。この席は、あなたが座ってください。私は他を当たりますから」


 少女は、その言葉で俯いた顔が上がり、瞳の全容が見えるくらいに瞼が開かれる。


「え、で、でも、先に席に着いたのはあなたですし、そ、それは、申し訳ないです……」


「あはは、いいの、いいの、じゃあ、私は別の席に移動するから」


 ここから立ち退こうと行動を開始するも。


「あ、あの!」


 直ぐに呼び止められた。


「な、何かな?」


 私が顔を向けた途端に直ぐに俯いて、左手で右手の甲をなでる仕草をする。


「えっと、あの、その、っ~~~」


 肩を震わせ、思いっきり目を瞑りながら、言い淀む少女。


 恋愛漫画にある愛の告白シーンのような状況に、私の方まで緊張感が伝わってきてしまう。


 講堂の中は、人の会話で溢れているというのに、少女と私の空間だけは静けさが蔓延っていた。


「や、やっぱり、その席はあなたが座るべきだと思います。そ、それで、もし、よろしければ、あなたの隣に私が座ってもいいですか……?」


 上目づかいでそう言われれば、NOなんて言えるはずもない。まあ、最初から自分にそんな選択肢なんて存在しないのだが……


 それに、これは、友達を作るチャンス! 入学式前に会話をして、友好を深めていいスタートダッシュを切っていきたい。


「うん、もちろんだよ! 隣どうぞ」


 神妙な面もちだったのに、私の返答を聞いた刹那、一輪の花が咲いたような笑顔になる。


 可愛すぎるんですけど!


「あ、あああ、ありがとうございましゅ! ……あ……っ~~」


 少女はお礼を言おうとしたのだが、最後の最後で噛んでしまい、リンゴのように顔が真っ赤に染まっていく。

 そんな可愛らしい反応をする少女に、口元がゆるゆるになりそうになるが、ぐっとこらえる。


 少女が落ち着きを取り戻したところで。


「あ、あの! わ、私、水無月凜みなづきりんっていいます!」


 まだ、少し羞恥心が残っているのか、ほのかに頬が赤く染まっており、目には少し涙が溜まっていた。


 しかも、この少女。


 胸がやたらと大きく、ブレザーの上からでもくっきりと形が分かってしまうほど。

 目測だがD、もしかすると、Eはあるかもしれない。


 その豊胸も相まって。


 出会って早々にこんな感想を抱くのは失礼極まりないが、敢えて言わせてもらうと。


 めちゃくちゃエッチだった。


「あ、あの。あまり胸をじろじろ見ないで、くだ、さい……恥ずかしいので」


 水無月さんは、胸を両腕で隠し、私に注意を促す。


「ご、ごごごめんなさい!」


 せっかくの友達を作るチャンスだったのに、私の無神経さのせいで、さっそく水無月さんとの友好関係に亀裂が。


「えっと、こ、これから気を付けてくれると」


「うう……本当にすみません」


 本当に何で私は初対面の人にあんな不埒な視線を。


 私のばか! あほ! ドジ! 間抜け!


 だが、どれだけ自責の念に囚われようとも、過ぎ去った時間は戻すことは出来ない。


 まさに、後悔先に立たずとはこのことだろう。


「えっと、そ、それで、よろしければ、お名前をお聞きしても、いい、ですか?」


「う、うん! もちろん! 私は神崎舞っていいます。気軽に舞って呼んでね」


「えっと、それだったら、私も凜って呼んでください」


「うん、分かった! これからよろしくね。凜ちゃん!」


 私は右手を差し出し。


「あ、う、うん! こ、こちらこそ、よ、よろしく、ね。ま、舞ちゃん」


 凜ちゃんは差し出された右手を握り返す。


 一時はどうなるかと思ったけど、凜ちゃんは私に嫌悪感抱くことなく、友好関係の築きを先行してくれた。


 こうして、私の学園生活は好スタートを切ることに成功し、私たちは入学式が始まるまで、談笑を繰り広げた。

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