第27話 その実力、本物につき
ヨハンは、王国騎士団長に伴われて騎士団の敷地にある練兵所まで来ていた。
上司のブランには、外回りという事になっている。
「それではヨハン殿。うちの隊長の一人と軽く手合わせ願えますかな? 私だとムキになってしまうので、練習相手には向いていないのですよ」
団長は、笑ってそう答えると、木剣の一つをヨハンに投げてよこした。
ヨハンは苦笑してその剣を受け取る。
「お手柔らかにお願いします。私は(童話以外では)剣を握ることなんてほぼ経験ないですから」
ヨハンは改めてそう念を押す。
団長に変わり相手をすることになった騎士隊長は、騎士と比べたら華奢で線の細いヨハンの相手をする事に困惑している。
団長の命令だから相手をするが、どういう事だろう? という具合だ。
「団長、この方は誰です?」
隊長は思わず、聞く。
「王宮管理省総務部のヨハン殿だ。こっち側にはあまり顔を出す機会はないから、知っている者はほとんどいないみたいだな。普段は近衛騎士団の関係者と来ているらしいぞ」
団長もヨハンと面と向かって会うのは、さっきが初めてであったから、そう答える。
「総務部って……。畑違いの人に何をやらせようとしているんですか。──一応、手加減しますが、怪我させても知りませんよ?」
隊長は、普段、見習い騎士相手に指導しているから、加減するのは慣れているが、相手が素人と知ってさらに困惑し、責任を取る事になるであろう団長に確認した。
「念の為、医師も呼んであるから安心して相手してくれ」
団長は呑気にそう言うと、ヨハンの腕前を確認しようとするのであった。
ヨハンはほとんど握った事がないはずの木剣を渡されたが、なぜかしっくりきている事に内心驚いていた。
確かに、童話の中では、冒険の為に剣を握り、数多の魔物とも戦っていた主人公の体験はしている。
だがそれは、自分とは違う人物のはずだ。
だが手に馴染むのは、やはり、童話内の主人公達と同化していたからだろう。
やはり、彼らの人生を体験した事は、現実の自分にも経験値として還元されているような気がする。
一部は実験をしてその確認は行っていたが、剣もどうやら引き継いでいるようだという事は、木剣を握って納得できるのであった。
「両者とも準備はいいかな? ──それでは、始め!」
団長が、二人の間に立って確認すると、開始の合図をするのであった。
隊長は、最初、王宮管理省総務部の職員と聞いて、あまりの畑違いの相手の実力を確認するのにどこまで加減すればよいのかわからなったのだが、開始の合図と共に、ヨハンと向き合うと、その考えが一気に吹き飛んだ。
ヨハンはそれこそ、木剣を無造作に構えたのだが、その構えが堂に入っていたからである。
いや、それどころかその佇まいは、熟練者のそれに被って見えた。
だが、相手は騎士と比べたら、いかにも体が細い、勉強だけしてきた若い職員にしか見えない。
それだけに、隊長はこの目の前のヨハンに違う意味でまた困惑する。
「どうした? 打ち合わないと、勝負にならんぞ?」
団長が隊長を煽った。
「団長、隊長を煽らないで下さい! ヨハン殿の実力もまだ、未知なのに!」
そこへ団員でヨハンのお陰で騎士が続けられているビリーが、それを諫める。
それらの声を聞いて、隊長にも火が付く。
どうやら、この職員相手に、自分に万が一があるかもしれないと思っているのか? と。
すると隊長は加減を忘れ、本気で踏み込んで斬りかかった。
その剣先は、ヨハンを捉えたかのように見えたが、ゆらりと動いたヨハンにギリギリ届いていない。
隊長は内心剣先が届かなかった事に驚くのであったが、続けざまに踏み込み、連続で斬りかかる。
だがこれも、ヨハンはゆらりとゆらりと立て続けに躱し、それどころかその手にした木剣で反撃してみせた。
これには、審判役の団長も、「おっ!」という顔で見つめる。
隊長はヨハンの反撃がゆっくりに見えて鋭いので、防戦一方になっていく。
ヨハンの反撃は重くない。
それは見た目の通りだ。
しかし、手を抜かれているような感覚があり、それを木剣で防ぐ隊長も初めての経験で困惑するのであった。
「えっと、どこまでやればいいのでしょうか?」
ヨハンが攻撃し続けながら、そう言葉にする。
その言葉に、隊長は少し、カチンときた。
やはり加減されていたのだ、と。
隊長はそれで闘志に火が付くと、後ろに大きく下がってヨハンと距離を取る。
そして、木剣を上段に構えた。
「あ! それは隊長の必殺技!?」
隊員のビリーが、そう口走る。
ヨハンはなぜかそれが、自分が知っている技と同じ系統のものと理解した。
童話の冒険の中で、同じ事を自分も体験していたからだ。
そして、ヨハンも同じ構えをする。
「これで終わりだ!」
隊長がそう叫ぶと、距離のあるヨハンに向けて剣を振り下ろす。
するとその木剣から衝撃波が生まれ、地面を走るようにヨハンを襲う。
ヨハンも同じく木剣を振り下ろすのだが、ヨハンの木剣から生まれた斬撃は隊長のそれと違いさらに大きいもので、向かってくる隊長の斬撃を一瞬で飲み込み、隊長に飛んでいく。
これには隊長も驚いて木剣を放って、横に飛び退いた。
ヨハンの放った衝撃波は、隊長の体を掠めて後方の壁に飛んでいき、大きな傷を残して消滅するのであった。
「そこまでだ! ──これ以上は、けが人が出る。それにしても驚いたぞ、ヨハン殿。やはり、相当な実力者であったか。あんな大きな飛ぶ斬撃を見たことがない。いや、本の類では読んだ事があるが、あれはただの寓話だからな。それを目の当たりにしたのは驚きだ」
団長はそう言うと、感心する。
そして、続けた。
「どうかね、ヨハン殿。今の職場のままでは、その実力が勿体ない。うちに入団してその実力を遺憾なく発揮してみる気はないかね?」
団長は隊長に手を貸して立たせながら、ヨハンに向かって勧誘を開始した。
「いえ、お誘いは光栄ですが、私は、文官です。騎士団のみなさんのように、日々、血の滲むような努力をしておりませんから、相応しくありません」
ヨハンはきっぱりと断る。
「……そうか。残念だが仕方ない。だが、もし、心変わりがあったら、いつでも連絡をくれ。歓迎するからな。あ、もちろん、契約の件とは関係ないと考えてくれ、頼む。──しかし、私の睨んだ通り、相当な腕前だったな。わははっ!」
団長は、満足すると、あとの事は隊員のビリーに任せて自室へと戻るのであった。
「……ヨハン殿、すまなかった。命の恩人に試すような真似をして」
「いえ、ビリーさん、私も実験の続きを確認できて良かったです。ありがとうございます」
「実験?」
ビリーはヨハンの返答に理解が及ばなかったが、ヨハンは剣技が使えるかどうかを確認できただけで、満足であった。
それに童話の冒険の中で体験した事は、やはり全て自分の血となり肉となっているようだという事が改めて確認できたのは大きい。
その分、また、『異世界童話禁忌目次録』の謎が増えた気もするが、ヨハンは隊長と握手を交わしお互いを讃え合うと、ヨハンは仕事に戻る為、急いで王宮へと戻るのであった。
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