第26話 交渉

 この日、ヨハンの職場に、近衛騎士団と王国騎士団の者が面会を求めてやってきていた。


 これには上司であるブランが驚き、


「ヨハン・ブックス! 貴様、どんな失敗をしたんだ!? 近衛騎士団はともかく、王国騎士団の関係者がクレームに来るなど、前代未聞だぞ!」


 と、最近調子に乗っている(とブランは思っている)ヨハンが早速、何かしでかしたと思い、事務処理を行っていたヨハンを怒鳴りつけた。


 王宮管理省総務部は、近衛騎士団については管轄内だが、王国騎士団は全くの管轄外である。


 だから、面会を求めていると聞けば、上司ブランはそれだけで勘違いするのであった。


 当のヨハンも近衛騎士団と王国騎士団が一緒というのは、予想が出来ない。


 どちらも単独なら、仕事上がある程度想像もつくのだが、両方となると首を傾げざるを得なかった。


 そして、上司のブランと一緒に応接室で、近衛騎士団の副団長と隊員、そして、王国騎士団の団長と隊員のビリーと面会することになる。


「きょ、今日はどのようなご用件でしょうか? うちのヨハン・ブックスが失礼を働いたのであれば、責任を取らせてクビにする事も検討しますので、穏便に済ませて頂けないでしょうか?」


 上司ブランは自分の経歴に傷が付くのを恐れて、聞かれてもいないのにヨハンの処遇を提案した。


 これには、近衛騎士団、王国騎士団の両方は軽く驚き目を見合わせる。


「何か誤解をされているようだ。そういう事で今日は面会を申し出たのではない。──ブラン部長、今日は純粋にヨハン・ブックス殿に仕事の話があるだけなので、少し席を外してもらってよろしいですかな?」


 近衛騎士副団長が、ブランがいるとややこしくなると感じたのか、そうお願いした。


「え?」


 これには上司ブランも意表を突かれ、聞き返しそうになるが、相手は近衛騎士副団長である。


 格としてはあちらがはるかに上なのでそれを抑え、渋々応接室が退場する。


「──これでゆっくり話が出来そうだな。ヨハン・ブックス殿。今日は、例の物について交渉に来たのだ。君の事は以前から備品の補給や仕事の助っ人などでうちにも出入りしているからよく知っている。それだけに、まずはうちに持ち掛けてほしかったな」


 近衛騎士副団長は、冗談っぽくそう告げる。


「副団長殿。元々自分の嫁が、ヨハン殿に依頼したのが発端なので、それは筋違いですよ、いえ……、──であります」


 王国騎士団隊員ビリーが、近衛騎士副団長相手に軽口を叩きそうになり、王国騎士団長がビリーをじろりと睨んだので、最後は言葉遣いを訂正した。


「はははっ。もちろん、冗談だ。──聞けば、ヨハン・ブックス殿。この隊員を始めとし、王国騎士団の隊員に医療関係者を通して『局部保護包帯サポーター』と呼ばれるものを比較的に安価で提供されていると聞いた。我が近衛騎士団でもその『局部保護包帯』を必要としている者が多くてな。何より、あれはとても画期的だ。怪我をしていない者でも、装着すれば動きの大きな補助になるのではないかと、軍上層部でも話し合いが行われたのだよ。どうだろう? 正式に、近衛騎士団、王国騎士団と契約してくれないだろうか?」


 近衛騎士副団長は知らない相手ではないヨハンに気さくにそうお願いする。


 その内容はとんでもないものであったが……。


「あれは、怪我の補助が目的です。確かにその使い道もあると思いますが、みなさんと契約を結んでも生産が追い付きません。それに材料の入手も大変だと思いますし……。生産をお願いしている工房にも無理はお願いできません」


 ヨハンはこのおいしい話に飛びつくことなく、冷静に答えた。


 実際、現在の生産は、ヨハンが火傷跡の美女アリス・テレスと二人で出した予算内で運営している。


 だから、生産も限られるのだ。


「その事なら、心配ご無用。近衛騎士団が無利子でその為の予算を捻出する用意がありますぞ」


 近衛騎士副団長はずいっと前に身を乗り出すと、そう告げる。


「生産の方も近衛騎士団や王国騎士団御用達の工房にお願いして確保できる予定です」


 王国騎士団長も続いて前のめりになって告げた。


「……わかりました。一度、うちの者と相談させてください。前向きに検討させてもらいますので」


 すでに両者が契約に向けてすでに動いている事を知り、ヨハンもこれ以上は固辞できないと感じる。


 そして、アリス・テレスに相談した方が良いだろうと思い、そのように返答した。


「おお、それは良かった! 良い返事をお待ちしておりますよ? それでは団長に報告したいのでお先に失礼しますかな」


 近衛騎士副団長は、ご機嫌な様子で応じ立ち上がると、ヨハンに握手を求めた。


 どうやら、相当、ヨハンの考えた『局部保護包帯』が気に入っているようだ。


 ヨハンはそれに応じて立ち上がり握手をする。


 近衛騎士副団長は、ヨハンの手をがっちり握りしめると、ふと何か考える素振りをみせたが、思い直したように部下と一緒に退室するのであった。


 扉の外では、上司ブランが聞き耳を立てていたから、近衛騎士副団長が咳ばらいをする。


 すると上司ブランは逃げるように慌ててその場から消えるのであった。



「近衛騎士副団長殿は、せっかちだな。はははっ! ──それで、こちらも同じように考えてよろしいですかな?」


 王国騎士団長はヨハンの評判をよく知らないから、一応、念を押して確認する。


「ええ。前向きに検討させてもらいます」


 ヨハンは苦笑して、応じた。


「……それで別の話があるのですが」


 王国騎士団長は、ふと笑顔から真面目な表情になる。


「はい?」


 ヨハンは室内の空気が変わった事に気づいたが、そのまま、間の抜けた返事をした。


 すると、王国騎士団長から、殺気がヨハンに対してほとばしる。


 だが、ヨハンはそれに対して怯えたり恐れる様子もなく受け流し、涼しい顔をした。


 背後に控えるビリーは、ごくりと生唾を飲み込んでこの様子を窺っている。


「……やはりな。突然、試してすまない。ヨハン殿、なぜ、あなたは今の職に就いておられるのですかな? もしよかったら、うちの入団試験を受けるつもりはありませんか? その腕次第では、私の権限で特別入団させてもよろしいが……」


 王国騎士団長は、ヨハンがただの総務部職員ではないと判断したのか、勧誘してきた。


 近衛騎士副団長がヨハンと握手を交わした時に違和感を感じたのもそれだろう。


あちらは、気のせいだと思ったようだが……。


「……え? ……何か誤解されているようですが、私はこの歳までほとんど剣を握った事もありません。(童話の中ではあるけれど……)ですから、お誘いは嬉しいですがその期待にお答えする事はできません」


 ヨハンは謙遜ではなく、素直な気持ちで断りを入れる。


「……ヨハン殿、上司には私から断りを入れておきます。今から少し時間を頂けますかな?」


 ヨハンが謙遜していると考えたのか、ただならぬ実力を持っていると感じた王国騎士団長は、食い下がる。


「……わかりました。でも、ご期待には添えないと思いますよ?」


 ヨハンは、この後何が起こるか想像できたのか、前もってそう答えるのであった。

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