第25話 年の功による発明品

 ヨハンは元々自分用に考えていた『局部保護包帯サポーター』の試作品を持って、王国騎士団の練兵所まで足を運んだ。


 普段は王宮管理省総務部の職員として近衛騎士団の消耗品の納品作業などを行っているヨハンであったが、王国騎士団にも近衛騎士団の関係者として同行する事がある。


 その為、全く知らないわけでもないのである。


「うん? 確か王宮総務部のヨハンさんでしたっけ? 今日は近衛騎士団の方々と一緒ではないんですか?」


「どうも、いつもお世話になっております。今日は、とある方に会いにきました」


「?」


 ヨハンを知っていた事務方の従業員は、首を傾げるのであったが、ヨハンから面会相手を聞いて、少し唸る。


「ああ、あの人か……。今日も医療室にいるんじゃないかな。でも、気をつけてくださいよ。あの人、膝を負傷してからというもの、いつも不機嫌で誰も近づけようとしないから……。まあ、気持ちはわからないでもないんですけどね……」


 従業員は、そう言うと、ヨハンに入室許可書を渡しながら応じた。


「ありがとうございます」


 ヨハンは様子を聞いて、相談者であるハルが話した通りのようだと確認してお礼を言う。


 医療室は騎士団の重要拠点から外れているので、出入りは比較的緩い事もあり、入室許可が簡単に下りたのだ。


 ヨハンは許可証を首から下げると、医療室へと向かうのであった。



 医療室と言っても、相談者の夫がいたところは、現代で言うところのリハビリ施設の方であった。


 相談者ハルの夫ビリーは、施設の隅で補助器具を掴んで一生懸命、膝の曲げ伸ばしを行おうとしている。


 医療関係者が、そんなビリーに「ビリーさん、無理はしないでください!」と声をかけられているが、ビリーは聞く耳を持たず、必死に屈伸をしようとしている。


 と言っても、自力では到底できる様子もなく、補助器具を掴み、腕力でなんとか屈伸しようと試みている様子である。


「ビリーさんですね? 初めまして。ハルさんからのお願いでやってきた王宮管理省総務部のヨハンと言います」


 ヨハンはビリーのただならぬ雰囲気に恐れることなく声をかけた。


 これには、医療関係者も慌てて止めようとする。


 以前、リハビリ中に部外者から声をかけられると、問答無用で殴り飛ばした事があったからだ。


 ビリーは妻のハルの名前を聞いて睨んできたが、上から下までヨハンの姿を確認し、


「……何の用だ?」


 と応じた。


 医療関係者やそれだけで驚いていたが、暴力沙汰にはならなそうだと思ったのか、距離を取って見守る事にしたようである。


「今日は、その膝をスムーズに動かせる補助道具をお持ちしました。まだ、ビリーさんの膝に合わせていないので、細かい調節は必要かと思いますが──」


「本当か!? 早速、見せてくれ!」


 ヨハンが説明を始めると、ビリーはその途中で遮るように食いつく。


 ヨハンは、製作した『局部保護包帯』を鞄から出して、説明よりも体験してもらおうとビリーの膝にそのまま装着することにした。


 膝の包帯が外れ、その隙間から覗く傷は生々しく見えたが、しっかり塞がってはいるようだ。


 そこに『局部保護包帯』を装着していく。


 これには医療関係者も、いつビリーがキレるのではないかとハラハラしながら見守っている。


 当のビリーはされるがままだ。


「これで膝の曲げ伸ばしが楽になると思います」


 ヨハンがそう言うと、ビリーは負傷した右足だけを浮かせて試しに軽く曲げてみる。


 痛みは少しあるが、曲げて戻す時の反動が大きく、「おっ……?」という表情になった。


 そして、今度は、掴んでいた補助器具から手を放し、その場に立つ。


 それも問題なかったのか、ビリーはまた驚いた表情をする。


「一応、補助器具を持った状態で膝を曲げてみましょうか」


 ヨハンが笑顔で落ち着かせるように、ビリーに提案した。


「お、おう」


 ビリーは頷くと補助器具を握り直し、軽く屈伸してみる。


 すると、膝の負担も軽く簡単に屈伸できるではないか。


 これには、屈伸したビリー本人も本当に自分の足なのかと言わんばかりに目を見張り、ヨハンに驚きの視線を向ける。


 ヨハンはそのビリーに対して笑顔で頷く。


 ビリーは自信を持つと補助器具から手を放し、そのまま屈伸してみせた。


 やはり、少し痛みがある。


 だが、それでも屈伸は可能であった。


「ある程度、大丈夫そうですね。──あと、この『局部保護包帯』には秘密がありまして……。膝部分に少し魔力を流してから、もう一度曲げてもらってよろしいですか?」


 ヨハンがそう言うと、ビリーは魔力を膝に集中するとまた、屈伸する。


 すると、さっきよりもさらに膝に負担がかかる事無く簡単に屈伸できるではないか。


 これには、先程以上に驚くとヨハンの顔を見る。


 そして、「あんた……、天才か……!?」と漏らす。


 様子を窺っていた医療関係者もこの様子に驚くと近くでそれを確認しようと近づいてきた。


「違いますよ。たまたま、魔力に反応して伸縮する魔物の革の存在を仕事柄、知る機会がありまして。それでこの『局部保護包帯』を作ってみただけです」


 ヨハンは人の役に立てるものが作れたと嬉しい気分になって謙遜して答える。


「いや、あんた凄いよ! ここの医療関係者からは俺の膝については、諦めかけられていたからな」


 ビリーは久方ぶりに満面の笑顔を浮かべて、ヨハンの両肩を手でバシバシ叩く。


 そして、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 どうやら、本人も内心では諦めかけていたのかもしれない。


 それが、突然現れたヨハンによって、暗闇の中に光を見出したのだ。


 誇りである王国騎士の地位を失わずに済むかもしれない。


 そう考えると妻の喜ぶ顔が目に浮かぶビリーであった。



 ヨハンは、ビリーと話し合い、微妙な調整を行ってそのまま、製品を納入する事にした。


 ビリーはもちろん喜んでいたし、その妻ハルも夫から聞いたのか、後日、お礼を言いにヨハンのもとを訪れ、泣きながら感謝の言葉を何度も述べる。


 ハルは夫の笑顔を怪我以来見ていなかった事を伝え、幼い子供もいたので、その子が大きくなるまでは夫も現役を続けると張り切っています、と嬉しそうに告げた。


 ヨハンはここまで感謝されるとは思っていなかったから、自身も嬉しくて思わず目に涙を浮かべるのであった。



 そして、その依頼料についてだが、意外と安い料金で済ませる事にした。


 というのも、あの時居合わせた医療関係者から、同じような注文をいくつか受けたからである。


 それにヨハン自身がすでにある程度考えて形にするところまで来ていた事もあり、開発費用はほとんど材料費だけであった事も起因した。


 ヨハンはここでビリーから多額の依頼料を貰える立場ではあったが、今後の事や他のいろんな立場の者達の役に立つ事を考えると、適正な価格で販売するのが正しいだろうと判断したのだ。


 特許の登録手続きもブラックな職場で忙しいヨハンに代わって、火傷跡の美女アリス・テレスがしてくれたので、手間もほとんどかからずに済んだのはありがたい。


 さらに、注文依頼の製作については、職場の取引相手の一つである革細工工房に委託する事でヨハンの負担は一気に楽になった。


 これも、アリスが提案してくれたからであったから、感謝するしかない。


 ヨハンはこうして今回、初めて『異世界童話禁忌目次録』に頼る事無く、人の役に立ち、それでいてしっかり、収入も確保する事が出来たのであった。

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