第24話 本に頼らないで出来る事

 火傷跡の美女アリス・テレスに身の上話をした翌日のお昼休憩。


 ヨハンとアリスは、この日も、王宮にある塔で昼食を取っていた。


 前日にアリスは依頼人を見つけてくると言っていたが、変な噂が立って彼女の立場が悪くなるのもいけないと考え、昨日の話は無しにしましょうと断るつもりで食事をする。


 そして、食事を終えて、そのことを切り出す。


「アリスさん、昨日の事ですが──」


「ヨハンさん。早速ですが、私、依頼人を見つけてきました」


 アリスがヨハンの言葉と被さるように、そう申し出た。


「え……? えぇ!? 昨日の今日ですよ!?」


 ヨハンは有言実行を絵に描いたように実行して見つけてきたアリスに思わずそう、聞き返した。


「実は、私、人を観察するのが習慣になっていまして……。悩んでいる方の目星はついていたんです。午前中その一人の方と仕事中に話すきっかけがあって、悩みを聞く事に。相当困っているようでしたので、ヨハンさんが相談に乗ってくれるかもしれないとお話ししました」


「……アリスさん。意外に凄い行動力をお持ちだったのですね」


 ヨハンはこのまだ、二十歳そこそこの大人しい美女が、意外に積極的な面を持っている事に素直に驚いた。


「意外というのは心外です! ……これでも、話しかけるのは緊張したのですよ……? でも、ヨハンさんの力になれるかもしれないと勇気を……。──あ、そうでした、そろそろここに来ると思います」


 アリスはそう告げると、食事の為に上げていたベールを降ろしてその綺麗な顔を覆い隠す。


 そのタイミングで、顔なじみの近衛騎士が、一人の女性を連れてきた。


「二人にお客だぞ」


 近衛騎士は、それだけ告げると階段を下りていく。


 やってきた女性は、アリスと同じ侍女の服を着ているから、同僚だという事はすぐにわかった。


 年齢は二十六歳くらい。薬指に指輪があるから、既婚者のようだ。


 アリスが立ちあがって、その女性に会釈すると、女性も会釈してこちらにやってきた。


「初めまして……。アリス・テレスさんから話を聞いて訪ねました。ハルと申します。お話よろしいでしょうか?」


「え、ええ」


 ハルと名乗った女性はそう言うと、藁にも縋る思いなのかヨハンの素性について問うことなく、話し始めた。


「──実は、夫の事なんです」


「旦那さん?」


「はい。夫はこの国の王国騎士団員なのですが、ふた月前に魔物討伐の為郊外へ遠征したのですが、その時に、同僚の方の流れ矢が膝に刺さり、怪我をしてしまったのです。現在、治療中なのですが、医師からは元のように膝を動かすのは難しいかもしれないと言われました……」


 ハルという女性は、そう言うと暗い顔になる。


 ヨハンはそれだけ聞いてある程度察することが出来た。


 それは、王国騎士団には、体力試験が定期的に行われているのを、各方面に仕事の手伝いに行く関係上知っていたからだ。


 膝を負傷となると、その体力試験に合格できず、騎士を引退することになりかねないという事だろう。


「……つまり、その膝を治して次の体力試験に合格できるようにしたい、という事でしょうか?」


 ヨハンはハルの気持ちを汲んで聞く。


「そうなんです! 夫は騎士である事をとても誇りに思っています。そんな夫が私も好きで一緒になりましたし……。でも、今の夫は騎士を辞めなくてはいけないかもしれないと、毎日、膝の治療にあたっています。どうにかならないかと、王都中の名医に聞いて回りましたが、答えはどこも一緒で、次の体力試験までには間に合わないだろうと言われたのです。どうにか助けてもらえないでしょうか?」


 ハルは泣きそうな表情で、語ると、ヨハンにすがる。


 ハルの気持ちは事情を知るヨハンにとってもよくわかるものであった。


 というのも、騎士団の体力試験は、騎士団の質を落とさないように設けられているものなのだが、それに一度落ちると、過酷で知られる騎士団入隊試験からやり直すことになるからだ。


 さすがに膝を負傷した状態でその過酷な試験を再度受けて合格できるとは思えない。


 だから、体力試験さえ乗り切れれば、騎士の地位は今後も安泰なのである。


「確か次の体力試験は、一か月後ですよね?」


 ヨハンは総務部の職員という事で、他所の部署のスケジュールもそれなりに頭に入っているから、すぐにピンときて答えた。


「はい。夫は、短距離走と持久走が最大の難敵だと言っていました。今の状態では早く走れないと」


 ハルはこの爽やかな姿のヨハンにすがるしかないから、詳細に話す。


「……膝さえどうにかなれば、大丈夫なんですね?」


「ええ、もちろんです。お金はいくらでも払います。こういう時の為に、貯金をしていましたから。──どうにかお願いします。もう、ヨハン・ブックスさんだけが頼りなんです!」


 ハルは先程から冷静な反応を見せるヨハンなら、頼りになるのかもしれないと、少し期待と希望を抱いてそう告げる。


「……わかりました。何とかしてみましょう。私も膝については、以前から考えていた事があるので」


 ヨハンは意味ありげにそう答える。


 これには、黙って話を聞いていたアリスも「?」となった。


 てっきり、『異世界童話禁忌目次録』を使って、膝を治療できる魔法や薬を入手すると思っていたからだ。


 どうやら、その様子はない。


「お願いします!」


 女性もこの頼れそうな反応を見せるヨハンに頭を下げると、塔をあとにするのであった。


「ヨハンさん、どうやって解決するつもりなのですか?」


 アリスは、自信ありげなヨハンにその理由を聞く。


「私は三十七のおっさんですよ? 当然ですが、体にガタが出てくる年齢です。最近も、右膝が少し傷みだして色々考えていたのです。まあ、私の場合、この本のお陰で健康になったので膝の痛みもなくなりましたけどね。──話を戻すと、膝の負担を減らす為に色々考えていたのでそれを試してみようと思います。もし、それで駄目なら、本を頼ろうかなと」


 アリスはそれを聞いて少し安堵した。


 ヨハンの言う通り、本に最初から頼るのは危険すぎるとは思ったからだ。


 もし、本に頼らずに、この依頼を解決できたらヨハンの自信にも繋がるし、商売としてやれる見込みも立ちそうである。


 アリスはヨハンの為に色々考えていたのだが、想像以上に頼りになりそうであった。



 それからヨハンは総務部の伝手を頼り、魔物素材を扱う商会と連絡を取った。


 そこで数種類の珍しい革や毛皮を入手し、自分が考えていたものを作成する。


 それは、現代で言うところのサポーターであった。


 この世界でそれを表現するなら『局部保護包帯』というところだろうか?


 ヨハンは自分の膝の負担を緩和するのに相応しい『局部保護包帯』を普段から思い描いていたのだ。


 だから、材料も仕事の中で、「これ使えそうですね」というものに目星を付けていたから、すぐに形にすることが出来たのである。


 ヨハンはいくつかそれを試作して、自分で装着してみた。


「うん。これはいいですね。収縮性のある魔物の革と耐久性のある魔物の革、そして、通気性のよい、魔物の革を編んだ代物。さらに、違う魔物の毛皮同士が引っ付いてしまうものを一組。これらの組み合わせで十分使えるものになりました」


 ヨハンは試作のうちの一つに対してそう確信すると、それを装着して夜の王都を走って耐久性ついても試験するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る