第23話 本の謎と身の上話

 いつもの通り、ヨハンはブラックな職場のお昼休憩をいつもの王宮内の塔で取っていた。


 そこにはヨハンによって治療してもらった元火傷跡の美女アリス・テレスも一緒である。


 アリスは普段、火傷跡を隠す為にベール付けているが、治った後もそのことを秘密にする為に付けたままであった。


 そして、そのベールを取る事は滅多にないが、治療してくれたヨハンの前では取ってくれる。


 それは信頼の証であり、ヨハンもそんなアリスには、なるべく『異世界童話禁忌目次録』についての相談をするようにしていた。


 だから、この日も、その話をしていた。


 それは、目が見えない少女サラの目が治った事の報告である。


「──そうですか、治っていたんですね。──ヨハンさん良かったですね……」


 アリスは、ヨハンから一か月前に隣近所のサラの為、本を使用して危険を冒した事を聞いていたから、一か月の間、ずっと心配していた様子のヨハンを労った。


「ええ……。完全に治るのかもわからない魔法だったので心配でしたが、本当に良かったです」


 ヨハンもアリスに心配をかけていたようだと感じて、良い報告ができた事に安堵する。


「そう言えば、そのサラちゃんの面影が、童話の登場人物に面影が似ている気がするのですよね?」


 アリスはお昼休憩の間に一番話している本の事について話を切り替えた。


 今のところ、アリスはヨハンと一番盛り上がる共通の話題はこれなのだ。


「ええ。名前が一緒だったという事もありますが、面影が似ていてどうにも繋がりがあるのではないかと思ってしまうのです。他の童話でも名前や顔が似ているなど共通点がありました。それが、気になってしょうがないのです」


「……ですが、以前も確認しましたが、時代や世界観、その背景などは違うのですよね?」


 アリスはヨハンの力になるべく知恵を絞って一緒に考えていたから、いつものおさらいをするべく疑問を口にする。


「はい。それがとても不思議なんです。童話ですから違ってもおかしくないのでしょうが、作者はダリルという人物ですから、世界観が一緒でもおかしくないはず。それが、時に全く同一人物が書いたとは思えない世界であったりするので疑問に思う事があるのです」


「そんなに違う世界観なんですか?」


 アリスがヨハンから聞いている話では、体験した物語の流れや登場人物についてだけであったから、世界観について気にしたことがなかった。


「かなり違います。サラちゃんを治療する魔法を手に入れた『盲目王子と婚約者』では、私が、いえ、ピピン王子ですが、目が見えるようになって知ったその世界では、『スキル』というものが存在して、それが人々の個性になっていることでした。物語と関係がないのでその話には全く触れていませんでしたが、私はピピン王子として一年間あちら側にいたので、その世界の様子は色々と知る事が多かったのです」


「『スキル』?」


 アリスはヨハンの体験の中でそんな話は初めて聞いたので、首を傾げるしかない。


「ええ、『スキル』です。例えば、私には『ステータス欄』というものが存在して、そこに自分の能力が一覧表示されるのです。『怪力』とか『戦士』とか。それがある事で力を発揮したり、戦闘に優れたりするのです。でも、童話の中では全く触れなくてもいい事でしたので話していませんでした。ですが、体験中の私はそれが当然の常識として受け入れていたのです。今考えるととても不思議な設定? というのでしょうか、おかしなことだな、と」


 ヨハンはアリス以外に話したら頭がおかしいとしか思えない説明をした。


「それだけでも、この世界との共通点はなさそうですね。この世界でその『スキル』というものは存在しませんから。そうなるとやはり、以前、ヨハンさんが可能性の一つとして話していた『自分の認識してる存在を、物語の中に無自覚に登場させている可能性』がありますね」


 アリスが現実的な指摘をする。


「私もそれが一番可能性としてあると思うのですが、あまりに現実的な体験すぎて、それも違う気がしているのです。登場させるなら、似ている人、もしくはそのままの人物であって、面影がある人を無意識に登場させないのではないかな、と……」


 ヨハンも確信が無いから悩みながら、言葉を絞り出すように告げた。


「その指摘はもっともですね。確かにヨハンさんの心を反映させているのなら、思いもつかない『スキル』や面影がある人物ではなく、知っているもの、人そのものを出すのが一番ありそうな事です……」


 アリスもヨハンが何を言いたいのか精一杯理解を示して、それに答える。


「この世界とはまるで別世界のような背景や時代だったりするのですけどね……。それでも現実的な内容だからその存在を否定ができないのです」


 体験した者にしか理解できないであろう感覚を、どうにかアリスに理解してもらうおうと説明するのだが、当人も完全には理解できていないからその説明は難しい。


「今はまだ、検証するには情報が不足していると、考えるしかないですね」


 アリスはヨハンの力になれないのが残念だったが、今はそう判断する。


「そうですね……。また、誰かの役に立ちそうになった時、この本を使用して、また、童話を体験し、引き続き分析するしかないようです」


 ヨハンもこれ以上は説明が難しいと判断するしかないようであった。


「ところでヨハンさん、この本での体験は文字通り死を招くもの。そんな危険を冒してまで、なぜ、そんなに人の為になろうとするのですか? 私も助けてもらい感謝していますが、それだけにヨハンさんの身が心配です」


 アリスは綺麗な紫色の目でヨハンを正面から見つめるとそう言葉にする。


「……そうですね……。私は辺境の田舎出身なのはお話しましたよね?」


「はい」


「その田舎では、これでも当時、私は神童ともてはやされ、両親や村民から将来を期待されていたのです。その時に、この村の役に立ちたいなと考えました。ですから、この村の将来に関われるような偉い人になろうと思い上京したのですが、神童と呼ばれた私も優秀な人が集まる王都では、ただの人でした。そして、偉い人になるどころかこの歳まで平職員のまま。だからこそでしょうか? 少しでも人の役に立ちたい気持ちが強いのです。と言っても、人の世話をできるような立場ではありませんが……、はははっ……。もちろん、いい大人ですから仕事にならない事をするつもりはありません。今の仕事をやるだけでも、生活は大変ですからね」


「でも、ヨハンさんは私を助けてくれました。だからいつも感謝しています」


 アリスは、自分の身の上話を自嘲気味にしてくれたヨハンに、感謝の意を込めてフォローする。


「そう言って頂けるだけで嬉しい限りです。私は人から感謝される機会がこの歳になるとめっきり無くなり、孤独を感じることも多いので、アリスさんのその言葉は私の支えになります」


 ヨハンはさわやかな笑顔で逆にアリスに感謝した。


「……ヨハンさんは良い人ですし、人の役に立つ事を商売にしてみてはどうでしょうか? 私も協力しますし」


 アリスはこの命の恩人であるヨハンが、今の職場で幸せには見えなかったから、少しでも笑顔になれる事をしてほしいと考えてそう口走る。


「人の役に立つ事を商売に? ……それができると嬉しいですが、具体的に何をすればいいのかわからないですよ。はははっ」


 アリスの言葉に、ヨハンは自分の中に新しい風が吹く思いであったが、具体的な事は自分も思いつかないからそう答えるしかない。


「今の私やご近所のサラちゃんを助けたように、ヨハンさんが助けたいと思える人を手助けできればよいのだと思います。私が依頼人を見つけてくるので、仕事の合間にやってみませんか?」


 アリスはヨハンの力になりたかったし、そのヨハンが人の役に立って純粋に喜ぶ笑顔を見たいと思ったから、そのように申し出た。


「はははっ。そうそう私に頼りたい人はいないと思うのですが……、それに役に立てるかどうか……。もし、本当に私に相談する人がいるとしたらよっぽど困っている人でしょう。そんな人がいるなら話を聞いてあげるだけでも、助けになるかもしれませんね」


 いないとは思いつつ、ヨハンはそうアリスに笑って答えると、この日の昼休憩は終わるのであった。

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