第28話 謎に迫る
ヨハンの開発した『
と言っても、まだ、製作し始めて日が浅いから、順次納品という形であったが、大口の契約をいきなり二つも結んだことは事実であり、ヨハンは一躍職場で有名になるのであった。
これまで平職員として十七歳から三十七歳まで働いていたヨハンが、魔法整形(実際には違うが)をきっかけに人生が変わったと同じ職員達は噂し合う。
当然ながら、その噂には嫉妬や妬みもあったが、自分も魔法整形を試してみようかと検討している者もいたし、ヨハンのこの転機に好感を持つ者もいた。
年齢が問題だが、見た目が若いので守備範囲にしてもいいと思う女性が増えたという事である。
ヨハンはこれまで、王都に上京してからは、田舎者扱いされ、そのまま平職員として二十年、ブラックな職場で誰からも相手にされる事がほとんどない人生であったから、契約を期に周囲の反応が変わり始めていた。
とはいえ、ヨハンはこの二十年、いろんな経験を経て、文字通りオッサンの領域に入っていたから、浮かれる事はない。
細かい事で一喜一憂する事はなく、冷静に現状を見ていた。
収入もまだ、そこまで増えたわけではないし、いつ契約を切られるかもわからないから、浮かれる事もない。
それに元々の性格として、真面目で冷静、温和、そして、自分が生活する事だけで精一杯だと感じていたから、まずは、助言をくれているアリス・テレスに相談してこれからどうするかを考えたいと思っていた。
そして、この日、普段は絶対ありえない「昼食をご一緒しませんか?」という他所の部署の女性達からの誘いを断って、いつも通り、王宮の塔に向かう。
塔ではアリス・テレスが先に来てヨハンを待っていた。
「「こんにちは」」
二人共いつもの挨拶を交わし、早速、食事と雑談に入る。
「侍女の間でもヨハンさんの噂が広がっています」
アリス・テレスは、ヨハンが戸惑っている様子に同調するように、そう答えた。
「そうなのですか? うーん……、上司には白い目で見られていますし、困りましたね」
ヨハンは嘆息する。
「今のところは良い評判ですよ。近衛騎士団と王国騎士団と契約を結ぶような商品を作った人物だから将来有望だと」
アリス・テレスは自分の事のように喜んでそう説明した。
「三十七歳のおっさんに将来有望もないとは思うのですが」
ヨハンはアリス・テレスの言葉に苦笑する。
確かに、将来有望という表現はヨハンさんには違うのかもしれない。
アリス・テレスはその反応にクスリと笑う。
「そこでアリスさんにご相談なんですが──」
ヨハンは、そう切り出すと、その内容を口にした。
それは、『異世界童話禁忌目次録』のさらなる解明についてであった。
どうやら、登場人物の体験がそのまま、現実の自分に経験として蓄積されているようだ、という事が王国騎士との練習試合で確認できたのだが、その為、この本の謎が深まる一方なので、この本を知る者を探す、もしくは呼び寄せる事が謎を解く近道になるかもしれないと考えている事をアリス・テレスに伝えた。
「……それはつまり、『異世界童話禁忌目次録』を用いて、その謎を知る者を探す、もしくは呼び寄せる力を得ようと考えているのですね?」
アリス・テレスはヨハンが何を言いたいのかをすぐに察して答えた。
「はい。昔からある国内の童話の中には、勇者が召喚魔法で従魔を呼び寄せるという話もあります。それができるかはわかりませんが、この本を使ってそれに近い能力を得ることが出来れば、この本を知っている者、もしくは従魔などを召喚し、聞くことが出来るのではないかなと」
ヨハンはこの数日間考えていた事をアリス・テレスに全て打ち明けた。
「……もし、この本の事を知っている者や従魔を呼び寄せる事が出来たとして、その者は実在する相手なのでしょうか?」
アリス・テレスは不思議な言い回しで答える。
だが、それだけでヨハンはハッとした。
『異世界童話禁忌目次録』は少なくとも千年間封印されていたものである。
その本を封印した当のシュタール王家でさえ、その長い歴史の中で書物や伝承を失って知らないのだから、その本の存在を知っている者など、この現在の世にいる可能性はほぼ皆無だろう。
禁忌の部屋の存在を知っていて封印を解いた魔法使いのフォルン老人も、数百年生きた大魔導士だったようだが、本自体の存在を知らなかった。
そして、そのフォルン老人も今や死んでこの世にはいない。
つまり、能力を得て、召喚に成功するとその相手は千年以上歳を取っているか、千年以上前の存在という事になるのではないかと指摘しているのだ。
「……つまり、成功しない可能性が高いうえに、もし成功したとしても、危険度が高い相手の可能性があるという事ですね……」
「はい、私はそう思います。ただし、その『異世界童話禁忌目次録』がどこまで万能な存在なのかにもよると思います。著者であるダリルという人物が神ならばそれも可能なのかもしれませんが……」
アリス・テレスは、可能性の一つとして、そう答える。
「……つまり、やってみないとわからないという事ですね。すると、もし、ダリルという作者が、神だとしたら必ず成功するし、呼び寄せた者もその神を知っている存在である事になりますね……。これは興味深い……」
ヨハンはアリス・テレスに相談する事で考えをまとめていく。
そして続ける。
「この本は危険度が高いものですが、ここまで内容を体験したら、望む願いは全て叶えてくれています。そこに期待したいのですがどう思いますか?」
ヨハンは可能性について、アリス・テレスに決断の一端を委ねた。
それだけ、この女性の判断を信じているという事だろう。
「……私としてはこれ以上の危険は避けてほしいという思いがあります。でも、今のヨハンさんがあるのもこの本のお陰。そして、私はヨハンさんに助けられました。だからこれまでの事は何も間違っていなかったと私は思っています。ですからヨハンさんの判断を支持します」
アリス・テレスはベールを上げた下から覗く綺麗な顔で、ヨハンをじっと見つめ、そう告げる。
「……これで踏ん切りがつきました。危険がまた伴いますが、また、試して見ようと思います」
ヨハンはアリス・テレスに背中を押された事で決断すると、『異世界童話禁忌目次録』を開くのであった。
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