第19話 童話『盲目王子と婚約者』②

 名前を名乗る事すら許されなかった伯爵令嬢である娘は、翌日から毎日、ピピン王子のもとに通うようになった。


「ご機嫌よう、ピピン王子殿下。今日も外はいいお天気ですから、お散歩でもしませんか?」


「断る! 二度と来るなと言ったはずだぞ!」


「確かに、王子殿下にはそう言われましたが、国王陛下からは毎日通う許可を頂いております。ならば、王命が優先されるのはご理解できますよね?」


「ぐっ……」


 田舎娘の言葉に、ピピン王子は言葉詰まる。


 それに、王子自身、あまり命令などはしたくない。


 自分が王子に相応しいとは思っていなかったからだ。


 座学も人に劣るし、剣は目が見えないからと握る事さえ許されていなかった。


 魔法も、目が見えない者に教えても、周囲が危険になるからと学ばせてもらえなかったから、全てで人に劣るのが自分だと理解していたのである。


 だからこそ、王子という地位を利用して人に命令を下すことなどあってはならないと自覚もしていたから、言い返せないのであった。


「ふふふ。やはり、王子殿下は綺麗な方ですね」


 娘は、ピピン王子の容姿を褒めては、優しく笑う。


 だが、それは王子の唯一、周囲に優っている点らしかったから、ピピン王子は、複雑な思いである。


 結局、自分では確認もできない血筋による容姿だけが、人に優る点という皮肉が受け入れがたいものであったからだ。


「うるさい! つまらぬことで私の機嫌を取ろうとしても、そうはいかないぞ。私はお前との婚約など認めぬ。とっとと帰れ!」


 ピピン王子はそう言うと、せっかく来てくれた田舎娘を退室させるのであった。


 だが、その次の日も田舎娘は、懲りずにピピン王子のもとに足を運んだ。


「今日は、曇り空ですが、気温は安定していますから、過ごしやすいですね」


 田舎娘は、まるで友人か恋人に語り掛けるように、ピピン王子に声をかける。


「曇り空だろうが私には関係ない。目が見えないのだから、気にする必要もない」


 ピピン王子は不機嫌な顔をして、そう応じる。


 ピピン王子は、目が見えないから自分の表情も見たことがないが、教育係から喜怒哀楽の表情については、顔を触らせてもらうことで理解していた。


 だから、眉間にしわを寄せてきつく言えば、相手に不機嫌だと伝えることは可能であったから、ピピン王子は田舎娘にもそういう態度を示す。


「曇りである事は、王子殿下に関係ないことではありませんよ? 曇りですと、湿度が上がるので、髪の毛先が変化してしまいます。王子殿下の髪も湿度のせいか、いつもよりカールして見えますよ。ふふふっ」


 田舎娘の指摘にピピン王子は、思わず自分の髪に触れて確認しようとした。


 目が見えない自分にとって、気にする必要がないことのはずなのに、だ。


 そして、ハッとすると、顔を真っ赤にし、田舎娘に「出て行け!」と前日同様命令する。


 田舎娘は、そう命令されると大人しく従い出ていくのであった。



 次の日も、また次の日も、田舎娘は凝りずに毎日、ピピン王子のもとを訪ね続けた。


 最初こそ短い時間ですぐに出ていくように命令されていたが、田舎娘も学習してピピン王子殿下に怒られないように振る舞い、少しでも長い時間会話ができるように努力する。


 そして、田舎娘は語るのだ。自分が生まれ育った辺境の様子を。


 最初は、不機嫌な表情で、いつ難癖をつけて追い出そうかと様子を窺っていたピピン王子であったが、田舎娘は話がなかなか上手で、聞いていると次がどうなるのか耳を傾けたくなる程であった。


 その為、田舎娘の王子殿下の部屋での滞在時間は日増しに長くなっていく。


 ある時、田舎娘は、辺境にある地下迷宮について話を始めた。


 それは、発見されてまだ、日が浅く謎の多い場所であるらしく、田舎娘の親である伯爵や周辺の貴族達が力を合わせて調査を行っている最中らしい。


 実は、その調査に田舎娘を参加する予定だったらしいのだが、婚約話が持ち上がり、仕方なく王都に足を運ぶことになったのだとか。


「なんだ……。それなら、婚約を破棄すれば、すぐにでもその地下迷宮に行けるではないか」


 ピピン王子は、ふと思い出したように、婚約破棄をチラつかせる。


「ふふふっ。私も王子殿下に会うまでは、そう考えていました。でも、何度も言うようですが、王子殿下はとてもきれいな方。私の一目惚れですので婚約破棄をする考えは無くなりました」


 田舎娘は貴族の淑女であれば、殿方に言わせるべきセリフを堂々と自分の口から告げた。


「ふん! 綺麗かどうかなど、私には関係ない。この目に映るのは、闇だけだ。ならば、大事なのはこの耳を心地よくしてくれる声と、この鼻を満足させる香り持ち、私の心に安らぎを与える優しい心根の者だけが求めるものである」


 ピピン王子は、この数か月の間接して、その全てに当てはまりそうなこの田舎娘を意識することなくそう告げる。


「初めて殿下が自分の好みについて語ってくれましたね。私もその対象に慣れるよう心掛けたいと思います」


 その綺麗な声と、爽やかな草原の香りをさせる田舎娘は、嬉しそうにピピン王子に答えた。


「お前は駄目だ。来るなというのに、毎日、ここに来て私の邪魔をする。──確かにお前の話す辺境の話には少し興味を持ったが、ただそれだけだ。私の気持ちは変わらないから婚約の破棄に応じるがよい」


 ピピン王子は、ムキになってそう言い返す。


「ふふふっ。王子殿下は自分に厳しいのですね」


 田舎娘は何をどう思ったのか、そう答えた。


「何を言っている? 私はお前に言っているのだぞ?」


 ピピン王子は、この田舎娘の不思議な反応に首を傾げる。


「私には、そう自分に言い聞かせ、私の将来を案じているように聞こえました」


「な、何を言う! 私は辺境の田舎で育ったお前とは釣り合わないと言っているのだ! 確かに、私は名ばかりの王子ではあるが、この国の王家のれっきとした血筋である。その血筋の子を産むにお前は相応しくないと言っているのだ。もう、帰れ。二度と来るな!」


 ピピン王子は、心にもないことを、田舎娘に対して厳しい口調で言う。


 自分で言っていて心が痛くなる思いであったが、目が見えない自分と結婚しても良い結婚生活は送れない。


 田舎娘は容姿が綺麗だと褒めるが、それこそ、歳を取ればすぐに衰えて幻滅するのだ。


 そんな幻滅される未来など、味わいたくはない。


 ピピン王子は、そう考えると、田舎娘に命令して外へ追い出すのであった。


 田舎娘は、婚約決定から、半年間ずっとピピン王子のもとに通っていたが、このことがきっかけなのか、翌日から、ピタリと王子のもとに現れなくなった。


 最初、ピピン王子は田舎娘が病気にでもなったのか? と内心、心配もしたのだが、二日経ち、三日経ち、一週間が経った頃には、さすがに、自分の言葉が原因で傷つけたのかもしれないと、反省した。


 そして、久し振りに侍女達の噂話に耳を傾ける。


 もしかしたら、田舎娘のことを何か知っているかもしれないと考えたのだ。


 それならば、直接聞けばいいのだが、王子の自尊心がそれを阻むのだから仕方がない。


「聞いた? 先週までやってきていた田舎娘の話」


「聞いたわ。ここに来なくなったどころか、王都からも出て行ってしまったのでしょう?」


「そうなの!? 半年間も通って王子殿下の厳しい言葉にも耐え続けていたのに、あっけないわね」


「私なら最初の一週間で諦めたと思う。半年間も通い続けたのには田舎者の高貴な血筋に対する執念を感じたわ」


「貴族と言っても辺境の田舎者だから、都会と王族の血筋に憧れても仕方ないわね。でも、諦めたのは正解だわ。そもそも相応しくないもの」


「「「そうそう」」」


 侍女達の噂話は酷くピピン王子を怒らせるものであった。


 ピピン王子も表では田舎娘を悪く言っていた一人なのだが、内心では田舎娘の訪問を楽しみにしている自分がいたし、この半年の間に多少は距離が縮まって、田舎娘の事を少しは理解し、邪な気持ちが無いという事は、何となく感じていたからだ。


 しかし、あのきつい事を言ってから来なくなった事は事実である。


 それに、噂が本当なら、王都を去ったのだというから、これは、一時的な気まぐれではないという事だろう。


 ピピン王子は、目が見えない暗闇の世界で、一筋の光を感じていた田舎娘に申し訳ない事をしたと後悔しつつも、これで良かったのだと自分に言い聞かせる日々を送る事になるのであった。

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