第18話 童話『盲目王子と婚約者』①
「ここは……」
ヨハンは、いつもと違う状況に一瞬困惑していた。
というのも、ヨハンの視界が真っ暗であったからだ。
光り一つ感じない常世の闇。
それが、ヨハンの脳裏をよぎった最初の感想である。
しかし、ようやくそれを理解する情報が脳裏を巡っていく。
私の名前は、ピピン。生まれてすぐに熱病に罹り、視力を失った役立たずの盲目王子だ。王家では待望の男の子だったから非常に喜ばれたものだが、視力を失ったことを周囲が知ると、国王や王妃は落胆し、三日三晩嘆いたのだとか。貴族達も誕生の際は、沢山の贈り物をして大いに祝ったらしいが、それも今では無関心になっているようだ。
そんな望まれない成長を続けるピピンは、十六歳を迎えていた。
国では王子の成人は、盛大に祝うものであるが、このピピンは、すでに、扱いが難しい立場になっている。
ピピン誕生後、長い事王子に恵まれなかった王家であったが、昨年、ようやく待望の第二王子を授かり、国ではそれこそピピン誕生以来のお祭り騒ぎになった。
それだけ、王家も貴族も国民も後継ぎを切望していたということである。
そうなると、盲目王子ことピピンの立場が微妙になるというものだ。
ただでさえ、成人を迎えてなお婚約者もいない状態だったから、それは王家のメンツにも関わるということで、第二王子の成長を見守る一方、王家の血筋を残す名目で急遽ピピンの婚約相手を探すことになった。
だが、貴族達は妙齢の娘をこの役に立たない王子の妻に出すくらいなら、近隣の仲の悪い貴族に嫁がせた方が、まだ、役に立つと考えていたので、なかなか相手を決めることが出来ない。
国王命令となれば、貴族も従うほかないのだが、ピピン王子は、目が見えないことの他に、我儘、不愛想、周囲の者に厳しいなど、日ごろから悪い噂も絶えなかったのであまり強く娘を王家の嫁に出せとも言えない状況であった。
ピピン王子の唯一の取り柄は、その健康で丈夫な国王と麗しい王妃の見た目を引き継いでいたことから、見栄えはとても優れていることくらいだろうか?
輝く金色の髪に透き通るような青い瞳、鼻筋は通り、体格はすらりとして身長が高く足も長い。
見た目は申し分がないだけに、性格の悪さと盲目であること、そして、平凡以下の頭脳であったから、陰では厄介者扱いされていた。
そのことは、ピピン本人もよく理解している。
というのも、ピピンは視力が見えないことで、聴覚や嗅覚に頼るしかなかったから、よく耳を澄まして周囲の音を拾い、想像する為に、匂いを当てにしていたから聞きたくない事でも色々と知る事になるからであった。
その為、自分への陰口も自ずと聞こえてきたから、最初は傷つき、振舞だけでもよくあろうと努めた時期もあったのだが、その努力も目が見えないという理由で、評価の対象にしてもらえない。
ピピン王子は、それが早いうちにわかると努力を諦めてしまった。
その為、勉強も次第に同世代についていけなくなり、それを隠そうと我儘を言って誤魔化そうとするようになる。
侍女の中には最初こそ同情的な者もいたが、ピピンにはその同情も傷口を抉るものでしかなかったから、そういう者にはわざと強く当たる有様で、王宮ではピピン王子は完全に浮いた存在になっていた。
それだけに、その噂が広まったことで、婚約者を探すということが、とても難しい状態になっていたのである。
そんな時だった。
ピピン王子に婚約者が突然決まったのである。
相手は、辺境の伯爵の令嬢だとか。
なんでも、貴族としての素養に欠け、ずけずけとものを言う愚かな田舎娘だという。
なぜ婚約者に選ばれたのかというと、どうやら宰相派閥出身の者で、宰相自らに推薦されたのがきっかけであるらしい。
最初、伯爵は自分の娘は相応しくないと断っていたらしいのだが、宰相だけでなく、王家も興味を持ったのだとか。
なんでも娘の自画像が綺麗に描かれていたので、ピピン王子自身は目が見えない厄介者でも、血筋を残すという意味では、相応しいと考えられたようだ。
つまり、お互い見た目だけはいいので、その子供もかわいくなるだろう、というのが決定した理由であった。
あとは教育次第でどうにでもなると国王も宰相も考えたのである。
ピピン王子は、内心、その娘に同情した。
自分だったら、こんな王子との婚約など、人生を棒に振るようなものなので、ごめん被りたいと思ったからだ。
それは、侍女達も同じだったようで、婚約の知らせが王宮に届くとすぐに田舎娘に同情する者が多く現れるのであった。
そんな、伯爵令嬢である田舎娘が、辺境から顔合わせの為に、王都を訪れた。
婚約期間中はお互い、自画像と紹介文に目を通すくらいしか相手を確認することなどできないものなのだが、国王も宰相も自分達が言い出したこととはいえ、この強引な婚約に良心の呵責があったのか、結婚前に引き合わせて両者の納得のいく形にしようと考えたようである。
実際、数日前からはピピン王子の振る舞いについて、自重するように何度も国王自身から念を押されていたし、宰相からもこの機を逃したら、生涯の伴侶を見つけるのは難しいですよと、説得される始末だったからだ。
ピピン王子はもちろん、そんな事に気を遣うつもりはない。
生涯独身を通して、この不幸な人生に他人を巻き込むつもりはなかったのである。
それが、これまで自分を厄介者として扱って来た者に対しての反骨精神もあったから、この際、婚約者にもきつく当たって、この婚約を破棄させようと考えていた。
そして、その日が来た。
「初めまして王子殿下。私の名前は──」
「待て! ──私に自己紹介はいらない。私も自己紹介はしないから、そなたもするな。そして、私は陛下の決めた通りに結婚する気はない。私の方から断っておくから、娘、お主の方でも断っておいてくれ。両者が嫌とあっては、陛下も無理に結婚させる事もないだろう」
ピピン王子は、田舎娘の綺麗な声にも耳を貸さず、自己紹介を遮るとそう告げた。
すでに前情報として、田舎娘は辺境で育ったので、貴族令嬢というより、血気盛んな猪武者という粗暴な人物であるらしい事や、礼儀作法も無頓着なことから、あまり人前(貴族のパーティー)にも顔を出さないというのを、侍女達の噂話から知っている。
名前も何度か耳にした気もするが、興味がなかったので忘れており、ピピン王子にとっては、暇つぶしくらいのものだ。
相手の娘には悪いが、お互いの為にも婚約は破棄、それが一番の選択だろう。
ピピン王子が、そう内心考えていると、
「嫌です。私は今日、初めて殿下にお会いしましたが、とても、綺麗な方だと思いました。私は殿下との婚約に賛成ですので、破棄するつもりはありません」
と田舎娘はピピン王子の提案を公然と拒否した。
これには、ピピン王子も見えない目で驚きの表情をする。
そして、何故か落胆する自分がいた。
なんだ、この娘は私の見た目で判断したのか。なるほど、噂通りのうつけ者であったわ。
ピピン王子は、自分の目が見えない分、相手の容姿を気にすることはないので、相手にも無意識のうちに同じ価値観を求めていたのだ。
そのことに自ら気づいたピピン王子は、自分に驚き、そして、恥じた。
だが、そのことはおくびにも出さず、
「私は自分に興味がないし、もちろん、そなたにも興味がない。だから、婚約は破棄だ。陛下にもそう伝えるから、そなたも諦めろ」
と出来るだけ冷たく、そして、相手に希望を持たせない残酷さでもって田舎娘に宣言した。
「それでは、私を知ってもらう為に、明日から毎日、殿下のもとに通いたいと思います」
ピピン王子は、自分の言った事を意に介さない毅然とした声音の田舎娘に呆然とする。
まさか、こんな返答がくるとは思っていなかったからだ。
「毎日!? 何を言っている……。──私はお前に興味がないと言ったばかりだぞ!」
ピピ王子は今度は演技でない声で強く言い返す。
「私は殿下に興味がありますので、陛下にもここへ出入りする許可を頂いて、毎日通わせてもらいます」
ピピン王子は目が見えないが、その目線の先にいるであろう田舎娘の強気な口元に、笑みが見えた気がしてそれにも腹が立った。
「何を馬鹿な……! もし本当に来たとしても私は相手しないぞ!」
「それでも来ます。それと、改めて自己紹介を。私の名前は──」
「だから、お主の名前を聞く気はない! これは命令だ。名前を名乗るな、そして、下がれ。二度と私の前に来るな」
ピピン王子は頑なに拒否する。
そして、娘は、王子殿下の命令ということで、名前を名乗らず、退室することになった。
「これで、二度とここには訪れないだろう」
ピピン王子は、少し大人げなかったと思いながらも、周囲の目を気にしてそう言うと不機嫌な表情を作るのであった。
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