第15話 実験と想い

 実験用の劇薬を選ぶという物騒な買い物デート? をした翌日の昼。


 ヨハンとアリス・テレスは、約束通り待ち合わせをすると、ヨハンの部屋で実験を行うことにした。


 内容は、各毒物によるヨハンの免疫があるかの実験、他にもヨハンの体に傷をつけて、それを魔法で治療できるのかの実験、そして、火への耐性実験などである。


 昨晩は、ヨハンとアリス・テレスは、真面目な顔をして、薬屋で植物毒、天然毒、生物毒などを見て回り、


「これは私にも効きそうなものでしょうか?」


「でも、それは危険じゃないですか?」


「あ、こっちも危なそうな毒ですね。耐えられるでしょうか?」


 などという会話を繰り広げていたので、毒物を扱う店主も、ヤバいカップルが来た! と思われていたのであったが、二人共、真剣な表情で実験の為に話し合っていたから、その事に気づかないのであった。


 そんなヨハンが色々と強くなっているのかの実験準備をアリスも始める。


 今日は、ベールを付けていた。


 どうやら昨日は、夜だったことから慣れることも兼ねて顔出しをしていたみたいだが、まだ、昼間に顔を出すのは苦手なようだ。


 とはいえ、ヨハンの家まで来ると、ベールを上げて顔を出す。


「取り調べの為に、没収されたと聞いていましたけど、意外に整理整頓されていますね」


 アリス・テレスは、昼休憩でのヨハンとの会話で、取り調べされた事を聞いていたので散らかっていると想像していたのだ。


 それだけに、場合によっては、ヨハンの部屋を片付けるつもりでいたのか、意外に綺麗なことに少し驚いて室内を見渡していた。


「はははっ。昨晩から今朝まで時間をかけて片付けましたから」


 ヨハンは、友人とはいえ、女性をうちに招くということで、没収時に箱に詰められたまま返却され、無造作に詰まれた箱の山のままでは失礼と考え、睡眠時間を削って片付けたのである。


 と言っても、ブラックな職場で七日連続徹夜していた身としては、大した事ではないうえに、無尽蔵の体力を得たヨハンにとって朝飯前であったが。


「そうだったんですか? 私、お片付けのお手伝いもするつもりでいましたよ。ふふふっ」


 アリス・テレスは気遣いのできる優しいヨハンに改めて好意を持つ。


「実験する時間が長引くと、テレスさんにも迷惑かなと思ったものですから」


 ヨハンはアリス・テレスの親切心に付け入るつもりはないから、単純に迷惑かけない、という意思のもと、動いていた。


「そんな気遣いは必要ないですよ。私も楽しみに来ていますから。──あ、それと私だけ、年長者であるヨハンさんを名前呼びするのもなんですから、私のことはアリスで構わないですよ。それに、敬語も不要です」


 アリス・テレスは少し、頬を赤らめながら、恐縮した様子で告げる。


 あ、またも気を遣わせてしまったようですね……。そうですね、おっさんの私に、気を遣われたら彼女も気を遣わないといけなくなるでしょうね。


 ヨハンはそう考えると、アリスさん呼びに切り替えることにした。


 相手はまだ、二十歳だから少し、自分の言い方次第では偉そうに聞こえないかと意識しながら呼ぶ。


「はい……! アリス……さん。それでは早速、実験を始めましょうか」


 アリスは少し嬉しそうな返事をすると、今回の目的について話を進めるのであった。


 まずは、簡単なものからということで、ナイフを取り出し、腕に小さな傷をつける。


 ヨハンは童話の中でカインという主人公が物語の中で覚えた治癒魔法が使えるのか試してみたかったのだ。


 カインは魔力が少なかったので、ここぞという場面でしか使っていなかったのだが、主人公になっていたヨハンとしては使えそうな気ではいる。


 だが、実際に使えるかは実験まで使わずにいた。


 アリスが楽しみにしている様子だったからだ。


「治癒魔法を使ってみますね」


 腕についた傷からは血が流れている。


 そこに、ヨハンは、童話内で唱えていた魔法を口にする。


治癒ヒール!」


「……どうですか?」


 アリスは、興味津々な様子で、ヨハンの腕を覗き込む。


「……血は止まったのかな? ちょっと待ってくだ──」


 ヨハンは自分の腕を確認しようと、布で腕の血を拭おうとした時である。


 眩暈がして一瞬ふらつく。


「ヨハンさん?」


 アリスがその様子に気づいて、声をかけた。


「すみません……。体力には自信があるのになぜか眩暈が……。なんだろうこれ。体力は有り余っているはずなのに……」


「それって、もしかすると魔力切れかもしれません。私、火傷跡の治療に当たってくれた医師の方が同じようなことをおっしゃって眩暈を起こしていましたから」


 アリスは、そう言うとヨハンを支える。


「これが魔力切れ……。ということは、治癒魔法を使う以前に、魔力が元々僕は少ないということでしょうか……? そういえば、村にいた頃、魔法の才能は無いから覚えても無駄だと言われていた事があります……。魔力があまりない無いのなら当然でしょうかね」


 ヨハンは故郷にいた頃を思い出して苦笑した。


「ちょっと待ってください、ヨハンさん。──腕の傷、治っていますよ?」


 アリスはヨハンの腕に付着した血を拭うと、そのあとの傷がうっすら無くなっていることに気づいた。


「本当だ……。一応、魔法は使えるけど、元の僕の魔力が少ないからあまり、使えないということでしょうか……。これは成功と言っていいのか、失敗と言っていいのか判断が難しいですね」


 ヨハンは思わぬ結果に、苦笑する。


「次に行きましょう!」


 アリスは、そう言うと、毒薬をズラッと机の上に並べた。


 一緒に、解毒薬も並べる。


「今回の本命だ……。そして、一番危険な実験」


 ヨハンは魔法の実験が幸先良くないものだったので、少し、毒薬実験にはたじろぐ。


「大丈夫ですよ。毒耐性がなかった場合、すぐに解毒薬を私が飲ませますから!」


 アリスはすでに、ヨハンに口越しに薬を飲ませた前例がある。


 もちろん、ヨハン自身は覚えていないのだが、アリスはそれを思い出すと少し赤面した。


「? わかりました。アリスさんを信じて試しますね。──それでは……」


 ヨハンはそう言うと、用意されていた毒薬三種類のうちの一つを覚悟を決めて一口飲む。


「……どうですか?」


 アリスが解毒薬を手に、ヨハンの顔色を見ながら準備する。


「苦くてまずいですけど、大丈夫そうです……。あ、でも、少し、首周りに反応が……」


 ヨハンがそう言うと首周りをポリポリとかく。


 確かに少し蕁麻疹のようなぶつぶつが少し浮かんでいる。


 だが、それも、少し経つと引っ込んだ。


「……成功みたいですね。これは驚きました……。──魔法で失敗したから、どうかなと思ったのですが、本当に童話の体験が今の自分の体に生かされているようです!」


 ヨハンは嬉しさに思わずパッと笑顔を浮かべ、興奮気味に答えるのであったが、すぐに恥ずかしくなって、自分を抑える。


 子供のように、はしゃぐな。アリスさんがおかしそうに笑っているではないか。


 ヨハンはアリスの反応を見て、思わず顔を赤らめた。


「ふふふっ、良かったじゃないですか。ヨハンさんから聞く限り、あの本は危険すぎて、その使用を今後止めた方が良いのかもしれないと思っていましたが、貴重な経験をさせてくれる本だと考えると、使い方次第ではヨハンさんの為になるのかもしれませんね」


 アリスは、ホッとした様子で、前向きなことを告げた。


 実はヨハンも『異世界童話禁忌目次録』の扱いについては、悩んでいたのだ。


 二度読んで、二度死にかけた身としては、この本を再度封印した方がいいかもしれないと。


 だが、アリスの言う通り、自分にその経験が良い方向に足されていることがわかり、考えるものがある。


 最初の童話『体力自慢と老人』の体験では、気力と体力を失って死ぬ寸前だったが、ギリギリでしのいで、無尽蔵の体力を得た。


 お陰で不健康な体からもおさらばして、見た目も若返ったのは大きい。


 そして、二度目の童話『薬草を探す男』では、火傷を治す魔法と薬二つを得た。


 薬はすぐに使用して無くなったが、魔法は覚えているのは『本の声』で知らせてくれたから確かなはずだ。


 まあ、魔力がほとんど無いから使用できるかわからないのではあるが……。


 だが、もし、魔力を求めて童話を開けばどうだろう?


 童話を体験して魔力を得れば、火傷跡の治癒魔法と、普通の傷を治す治癒魔法が使用できることになる。


 そこまで出来れば、人の役に立てる道が大きく拓けるのではないだろうか?


 ずっと、平職員として雑用をこなすしか能がなかった自分にも得意な分野ができるのは嬉しいことだ。


 そんなヨハンも王都に出てきた時は、村で神童扱いされてていた事から、自分に多少は自信を持ち、人の役に立てると思っていた時もある。


 もちろん、その自信は王都にきて失っていたのだが、その願いが叶うかもしれないと思えたのであった。


「ヨハンさん。……でも、無理だけはしないでくださいね? 助けてもらった私が言うのもなんですが、ヨハンさんの体が一番大事です」


 アリスはヨハンの手を取ると、そう優しく告げる。


「アリスさん……。──はい。でも、この本の存在は、禁忌の書物として再度、封印するよりも、使い方次第なのかなと思えてきました。いい歳をしたおっさんが青臭いことを言うようですが、アリスさんを救うことが出来たように、私は人の役に立つ為に使用するべきものの気がします」


 ヨハンはすでに見た目が若返っているから、見た目からもその言葉がとても似合っていたが、本人はおっさん時代が長かったので、情熱的な言葉が青臭いと感じたようだ。


「ふふふっ。……ヨハンさんは出会った日からとても優しく熱い人でしたよ。ヨハンさんがそう思うなら、私も協力します。二人なら体験後の危機にもより安全に対応できるかもしれませんし」


 アリスはヨハンの決意を否定せず、協力を申し出た。


 それが、自殺するところを助けられ、その元となった火傷跡まで消してくれた恩人への感謝の行動だと考えたのであった。


「ありがとうございます。──まだ、毒も残っていますし、他の実験も試してみましょうか」


 ヨハンはこの日一番の笑顔でアリスに答えると、実験を続けたのであった。

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