第14話 実験の前夜
ヨハンは全く消化させてもらえない有給休暇を使って、休みを取ることにした。
上司であるブランは当然ながら、ヨハンが有休を使うことに不快感を示し、皮肉を散々並べ立てたうえ、それは半休扱いにしてしまうというと、手続きを行っていた。
休日の前日になってそれをヨハンに告げるのだから、嫌がらせ以外の何物でもないだろう。
ヨハンが困ると思っての半休への変更であったが、意外に当人は予想していたのか、
「わかりました。それでは午前中仕事に出てから、休みを取らせてもらいます」
と応じたから、ヨハンが困ることに期待していたブラン部長は、苦々しい表情を浮かべることになったのであった。
ヨハンは、その日の昼休憩時に塔へ足を運び、先に来ていた元火傷跡の美女でベールを被っている黒髪、紫の瞳を持つアリス・テレスにそのことを告げた。
「酷い上司ですね……。──わかりました。では、私が午前のうちに買い物を済ませておきます。それなら実験もすぐにできると思います」
アリス・テレスは、ヨハンと朝から買い物に行く予定であったのを少し楽しみにしていたのだが、それをおくびにも出さず承知する。
「それだと、テレスさんが大変ですよ。買い物の内容が女性に任せるものではないですから、私が今日、仕事終わりに買い揃えておきますよ」
ヨハンは女性に頼める内容ではないことを考慮して、自分一人で片付けることにした。
「それなら、その買い物に私が付き合いますね」
自然な物言いで、アリス・テレスは、買い物に同行することを提案する。
あまりに、当然のように言うので、ヨハンも思わず頷いてしまうのであった。
そして、ヨハンはアリス・テレスを待たせない為に、その自慢の体力と気力でいつものように押し付けられた仕事をブラン部長が定時に帰った後すぐ終わらせられるように作業する。
ブラン部長はいつも通り、ヨハンがあくせく働いている姿を見て満足すると、帰宅した。
それを伺っていたヨハンは、すでに終えていた仕事の必要書類を奥からも持ってくると上司の机の上において、自分も帰宅準備を始める。
「ヨハン先輩、最近、仕事終わるの早くなりましたよね?」
名ばかりでヨハンを先輩扱いしていなかった後輩職員が、感心して指摘した。
同僚をはじめ、後輩達はヨハンの姿が変わってから態度も変わり始めている。
それは良い意味でであり、ヨハンもそれは何となく感じていた。
ヨハンに話しかければ上司に目を付けられるから、仕事以外では基本避けるのが常識であったし、話しかけることで勘違いさせて、ブラン部長のいる前で声をかけられても困るのでほぼ無視であったからだ。
今は、女性職員の間でも話題に上がるようになっていたので、そうなると男性職員達も気にし始める。
少しくらい仲良くなっておけば、女性職員との話題作りにもなるから、ブラン部長がいない時にこっそり声をかけておくという計算高い後輩職員達もちらほら現れているのであった。
「この歳になって、ようやく効率よく仕事が出来るようになってきたのですよ」
ヨハンは冗談とも本気とも言えない声色で、後輩職員に応対すると、「お先に失礼します」と答えて職場をあとにするのであった。
ヨハンとアリス・テレスは、王都の薬師通りの広場で待ち合わせていた。
最初、ヨハンはアリス・テレスの姿に驚くことになる。
というのも、当然ながら侍女姿以外が初めてであったこと、そして、ベールを付けていなかったことなどがあげられた。
それに、服越しのその胸の膨らみがいつもよりも大きく見えたこともある。
「あまりに見違えたので、気づかないところでしたよ」
ヨハンは素直な気持ちをアリス・テレスに告げる。
「ふふふっ。この姿でお会いするのは初めてですから、そうですよね。それに、私も外でベールを取るのは治してもらってから初めてなんです。あと息苦しいので矯正下着は取っているので体型が変わって見えるのもあるかもしれないです」
アリス・テレスは少し緊張気味に頬を染めながら苦笑した。
彼女としては、何でも話せる友人自体、久し振りであっただろうし、それらは勇気がいる行為だったであろう。
ヨハンはそれを察すると、
「とても素敵だと思います。ところで失礼ですが、矯正下着はなぜ?」
と褒めつつ、息苦しいものを付けていた理由が素直に気になった。
「ありがとうございます。──矯正下着は、……側室になったご令嬢、今は、私のことがあって陛下のお怒りを買い、故郷に戻ったと聞きますが……、そのお方に、『お前の胸は陛下の目の毒だから、隠しなさい』と言われまして、私も人より大き目だったのが気になっていたので、それに従って付けていました……」
アリス・テレスは話しているうちに段々恥ずかしくなってきたのか、顔を真っ赤にする。
反応が若いなぁ。──そう言えば、テレスさんはいくつなんだ? 大人びた感じやこのスタイルだと、少なくとも二十代半ばくらいに見えるのだが……。
ヨハンは、アリス・テレスの反応に自分にはない新鮮さを感じながらふとそんなことを考えた。
そして、女性に失礼な質問だとは思いつつ、年齢を聞いてみた。
「年齢ですか? あっ、言っていませんでしたか? ──私……、二十歳です。若すぎますか?」
アリス・テレスは、ヨハンの質問に気恥ずかしそうに、聞き返す。
「若いですね。 てっきり二十代半ばくらいなのかと……。──あっ、もちろん、落ち着いた雰囲気を持っているのでそうかなと思っただけですよ? 老けているとかではないですからね? どちらかというと、以前の私の方が、疲れとクマで老け顔過ぎて三十七歳どころか、五十代だと思わることもしばしばでした。その時の私を見せて上げたいくらいですよ。はははっ」
ヨハンはとっさに失礼なことを女性に対して言ったかなと思い、自虐に走る。
「二十代半ばですか? それなら今のヨハンさんと少しはつり合いが取れそうですね。ふふふっ」
アリス・テレスは、嫌がるどころか、大人に見られて喜んでいるようだ。
ヨハンはそれが、おっさんの自分と一緒に居ることで誤解されることを気にしての発言だろうと理解した。
確かに、『無尽蔵の体力』を得て、三十七歳という年齢よりは見た目が若くなっている。今なら、二十代半ばと言っても信じる者は多いだろう。それならテレスさんと歩いていても不自然には思われませんね。
とヨハンはおっさん的な思考で納得するのであった。
こうしてヨハンは、アリス・テレスと一緒に実験の為の薬を買い揃えると、お礼に夕食を奢ってから、家まで送り届ける。
「(デートみたいで)今日は楽しかったです」
「はははっ、それは良かったです(薬に興味があったのか、確かに楽しそうにしていましたね)」
「はい。明日のお昼からも楽しみにしていますね」
「それでは明日、またお昼に(実験は気が重いですが、テレスさんが楽しみにしているようですし、気合いを入れて頑張りましょうか)」
火傷跡が消えてからはアリス・テレスが良い笑顔をするようになっていたので、ヨハンはそれに満足すると帰宅するのであった。
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